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「EV×DX」で始まる自動車業界の大変革【第53回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2022年2月21日

観点1:製品構造の変化による産業やエコシステムへのインパクト

 EV化によって、内燃機関エンジンやトランスミッション、燃料系パーツに代わり、駆動モーターやバッテリーがキーパーツになり、それらの制御構造も大きく変わる。

 既存の自動車は、エンジンや車体、運転補助のためのセンサーや画像処理、ヘッドライトやエアコン、AV機器などに電子制御ユニット(ECU)を使っている。多いものではECUの数が100を越え、それぞれ異なるソフトウェアが必要だ。

 EVでは、中央演算装置(CPU)が設置され、全体を制御する自動車向けOS(Operating System:基本ソフトウェア)が車両を統合制御する。そのOSの基に、先進運転システムや安全運転支援、自動運転、車載インフォテインメント、ナビゲーション、パーソナルアシスタント、遠隔車両診断・メンテナンス機能や車内エンターテイメントなどの機能が提供される。

 このアーキテクチャーの変更によってEVは「デジタルプラットフォーム」になる。製品(クルマ)自体の構造変化によって、自動車や部品の開発・製造、点検・修理などの産業構造やエコシステムに大幅な変革が起こる。その影響は、国内なら自動車および部品の製造に関わる237万人とサービスに関わる35万人に及ぶ。

 欧州自動車工業会による欧州での試算では、内燃機関の技術が2035年までに廃止された場合、内燃機関の生産に関わる50万人の雇用が失われるとされる。EV化によって生まれる雇用は22万6000人とされているため、27万3000人分の雇用が失われることになる。

観点2:ソフトウェア化の加速による変革

 EVのデジタルプラットフォーム化により、様々な価値がソフトウェアによって実現されるようになる。『テスラに見る“デジタルネイティブ”製品がもたらす市場価値【第35回】』で触れたように、ソフトウェアによって機能のアップグレードや変更ができる「ソフトウェアデファインド」な構造が実現すれば、“コネクティッド”な環境下では次のようなことが可能になる。

(1)保守の変更

 サービスの提供場所や自動車販売会社に出向かなくても、「OTA(Over The Air)」と呼ばれるネットワークを経由したソフトウェアの保守やアップグレードが可能になる。

(2)データの活用

 自動車や運転者の状況、周囲の状況などのデータを収集することによって、予防保守など保守サービスの向上や、解析結果のフィードバックを機能強化や新サービス/新機能に活用できる。運転状況に応じて保険料が変わるテレマティックス保険なども、その一種である。

(3)ビジネスモデルの変更

 アップグレード機能を商品として販売できる。ソフトウェアやアプリケーションの販売/サブスクリプションなど、製品のサービスモデル化によって、売り切りモデルに代わる、顧客との関係を継続した新しいビジネスモデルの実現につながる。

 例えばテスラの自動運転機能のアップグレード費用は、新車価格の30%になっている。顧客に新しい経験を提供することによって、利益率の高いソフトウェアビジネスを実現できている。

(4)付加価値コンテンツやサービスの機会増

 ドライブ中に必要な渋滞などの情報や周辺情報だけでなく、音楽・ビデオなどのアプリケーションおよびコンテンツの提供サービスが実現できる。

 こうしたソフトウェアが提供する機能が広がっていくことによって、ソフトウェアの検証の問題やセキュリティ対策が課題として挙がってくる。ソフトウェアの開発には膨大な投資が必要であり、投資の回収には搭載EV数を増やす必要がある。そのため、開発パートナーの拡大をめぐって競合が続いている。

 EVのためのOSに関しては、新規参入組と既存の自動車メーカーとの生き残りを掛けた戦いが始まっている。トヨタはEV OS「Airen」の2025年実用化をマツダ、デンソーと協業で目指す。「ソフトウェア・ファースト」を掲げ、自動車用OSの開発会社である米Renovo Motorsの買収などの投資を続けている。

 ドイツでは、VWが「vw.OS」を、Mercedes Benzは「MB.OS」をそれぞれ開発している。中国ではBaiduが「Apollo」をオープンソース化し開発パートナーを増やす戦略を取っている。Huaweiは、自ら自動車は作らず、「Huawei Inside」によってEVメーカーにハードウェアとソフトウェアを提供する戦略を考えている。

 コンピューター業界のOSでは、PCにおける米Microsoftの「Windows」、スマートフォンにおけるAppleの「iOS」やGoogleの「Android」、あるいはオープンソースの「Linux」がデファクト(事実上の業界標準)の地位を獲得している。
自動車業界にあっては“安全性”が重要な価値であるだけに、それを満たした上での顧客価値がEV OSの勝者を決めることになる。

観点3:MaaSと自動運転化による変革

 EV化による変化と並行して、自動車業界はMaaS(Mobility as a Service)化による影響も受けている。米Uberなどの配車サービスによって、自動車を“持つ”のではなく、必要な時に“使う”ことへの意識変化が起き、運転免許の取得率や自動車購買台数は減少している。

 一方、自動運転の実用化により無人タクシーや無人配送・運搬などが実現すれば、移動や運送・運搬の仕組みが大きく変わっていく。それによってMaaSは、さらに便利に使えるようになり“使う”という方向性が強まっていく。

 人が運転する場合でも、自動運転機能により、車内での過ごし方が変わる。エンターテイメントや仕事などのアプリケーションやコンテンツの拡大につながる。こうした流れは、デジタルプラットフォーム化によって収集できるデータを活用する“データドリブンな変革”と見ることもできる。

EV化に伴う自動車業界の変革は他業界にも波及する

 自動車のEV化によって始まる自動車業界の大変革は、動力の変化と共に、自動車のデジタルプラットフォーム化による変化によってもたらされる。このような変化は、企業のテクノロジーや人材などの競争力にも大きな影響が及ぶ。そして、この変革は、ソフトウェアによるさらなる付加価値や、移動や運搬を手段として使う他業界のプロセスやビジネスモデルなどの変革にも波及していく。

 もちろん、EVが増えることによる電力不足があったり、電力が化石燃料を基にした電力が使われたりすれば、本来の目標であるカーボンニュートラルは実現できない。

大和敏彦(やまと・としひこ)

 ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。

 その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。