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社会インフラとしての5Gの要件【第54回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2022年3月22日

ローカル5Gの現状

 パブリック5Gに対し、企業や特定の場所で専用に使われるのがローカル5Gだ。ネットワークインフラを高度化すると期待されている。すでに、工場などでのユースケースが生まれているものの、機器の価格が高いことが進捗を遅らせてきた。

 ローカル5Gの分野でも変化が起きている。速度や接続デバイス数を抑えた安価な基地局が発表されるなどにより、ローカル5Gの導入が容易になった。基地局の低価格化がより進めば、5Gの機能活用以外にも、Wi-Fiに比べて、高速・低遅延で、かつセキュアに多くのデバイスを接続できるメリットが生きてくる。

プライベート5Gの現状

 パブリック5G/ローカル5Gの状況下で、注目を集めているのがプライベート5Gである。キャリアなどが専用の仮想5Gネットワークを提供する。自社で基地局設備を設置することなく、5G対応のデバイスを使える。工場や屋外の限定されたユースケースで5Gを活用する場合や、複数個所で5Gデバイスを同じネットワークに接続して使う場合に有効だ。

 プライベート5Gの例としてはKDDIがサービスを開始している。米AWS(Amazon Web Services)が提供する「AWS Wavelength」サービスを組み合わせてエッジコンピューティングのためのサーバー機能である「MEC(Multi-access Edge Computing)も提供する。AWS Wavelengthは、AWSクラウドと親和性の高いエッジコンピューティング機能を提供するインフラだ。

 KDDIのケースでのMECは、同社の「au 5Gコアネットワーク」内に設置されている。そのため、E2E(End to End)で、5Gの高速・低遅延性を実利用した処理が可能になる。アプリケーションの可搬性があるためAWSクラウド上で開発ができる。

世界中で5Gのユースケースが生まれつつある

 このように5Gが使える環境は広がっている。だが、5Gの価値を高め、活用範囲を広げるには、5Gの性能を生かした様々なアプリケーションやユースケースが必要になる。特に社会のDXを加速させるユースケースが期待されている。

 米ベル研究所コンサルティングや米マッキンゼーによる5G活用分野の市場予測では、製造(工場)、都市、ヘルスケア、物流・輸送、エネルギーが上位に挙げられている。これらの分野では世界中でユースケースが生まれつつある。5G環境が普及している中国での活用状況を見てみたい。

 中国は国家として5Gに注力している。『5Gが変える社会、中国・深圳ではユースケースが続々と【第37回】』で述べたように、「IMT-2020推進組」という専門家や業界を巻き込んだ体制によって5Gやユースケースの情報共有を図っている。「ブルーミングカップ」と呼ぶユースケースのコンテストも開催している。

 2020年のブルーミングカップには、合計4289件の応募があった。過去2回に比べ、製造、医療、交通のユースケース数が伸びている。それらの内、すでに31%が商業化されており、53%も開発から商業化に向けた試運転段階にあるという。2019年には商業化は0件だっただけに、急速に活用が進んでいることがわかる。

 中国では、社会インフラとしての5G基地局の展開をベースに、多くのユーケースによる改革へと進んでいる。2020年のブルーミングカップで第1位に選ばれたユースケースを表1に挙げる。製造関係が4件と最も多いものの、炭坑・鉱山、商業施設、エネルギー、ヘルスケア、物流など様々な分野から選ばれている。

表1:中国の2020年の「ブルーミングカップ」で第1位に選ばれたユースケースの例

5Gと他の先進技術を組み合わせた複合ソリューションが増える

 これらユースケースからわかることは、単に5Gの性能を活用するだけでなく、AI(人工知能)やロボット、ビッグデータ、デジタルツイン、xR(AR:Augmented Reality/VR:Virtual Reality/MR:Mixed Reality)などの先端テクノロジーと組み合わせた複合ソリューションが増えてきていることだ。

 5Gはネットワークの性能を大きく向上させる。だが、ソリューションとしての価値は、上記のような他の技術を複合的に組み合わせて解決することによって、価値はより高まり、新規で強力なソリューションになる。

 新たなユースケースの実現に向けては、既に発表されているユースケースから5Gの可能性を理解し、DXの高度化を検討しなければならない。そこでは、AIやロボット、デジタルツイン、xRなどのテクノロジーとの組み合わせも検討する必要があり、それを進められるだけの体制も必要になる。

 ユースケースを生み出し、それが価値や効果を生み出して初めて社会インフラとしての5Gの価値につながっていく。社会インフラとしての活用が始まってきた5Gを含めた先進テクノロジーは、様々な分野で変革を起こし、企業の競争力にも大きな影響を与える。この波は「Beyond 5G」にも続いていく。

大和敏彦(やまと・としひこ)

 ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。

 その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。