• Column
  • 大和敏彦のデジタル未来予測

MLBにみるデータ活用によるビジネス変革のあり方【第77回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2024年2月19日

より多くのデータを収集する仕組みも自ら開発

 データの重要性を認識したMLBは、データ駆動をさらに強化するため、さまざまなデータを収集できる仕組みを作り発展させてきた。2015年にMLBの全球場に設置した「Statcast」システムが、その1つ。MLB自身がシステム開発会社の米MLBアドバンスドメディアを使って開発・導入した。

 Statcastは、12台のカメラを利用して、投球の軌跡やホームランの飛距離といったボールの動きと、選手の動きを追跡できる。これにより投球種の確率や選手の足の速さ、キャッチャーの捕球などの分析が可能になった。Statcastは2023年に大幅にアップグレードされた。カメラも、ソニー子会社が提供する「ホークアイ」に対応した高解像度・高フレームレートの機種が使用されている。

 新システムでは、ボールや選手の動きを1秒間に30回追跡できる。加えて、身体の複数のポイントを検出することで、以前は不可能だったリアルタイムでの選手のポーズとモーションの収集・分析を実現した。試合中に最大7テラバイトのデータを生成し、投球・打撃・守備・走塁・守備など野手に関する、ありとあらゆるデータポイントや指標を捕捉する。

 収集したデータは現在、GCP(Google Cloud Platform)クラウドに送られ、そこからMLBの各チームや専用のWebサイト経由で放映権を持つテレビ局やアナウンサーに提供される。データは戦略策定や判断に使われるほか、テレビ画面上でボールの軌跡や打球の飛距離といった情報をファンに提供できるようになった。

 データ分析は、打撃の方法や守備の評価指標も変えた。例えば「フライボール革命(fly ball revolution)」では、収集したバットスピードやアタック角度、コンタクトポイントなどのデータを分析し、本塁打になる確率が高くなる打球速度や打球角度を導き出した。

 ほかにも、外野へ打球が飛んだときにアウトにできる難易度を示す「キャッチプロバビリティ(捕球確率)」を算出し、実際に捕球できたかどうかと比較して算出する「OAA(Out Above Average)」という指標が生まれている。

選手の健康管理やファンサービスにもデータを活用

 MLBはデータ活用によって野球そのものを変えてきた。テクノロジーを使って新しいデータを収集しシステムの標準化を図ることで、収集機器を統合しデータの標準を決め、その活用を進めた。データやAI技術によって何が変わってきたのかを改めて見てみたい(図1)。

図1:MLBにおいてデータ活用が起こした変化

変化1:選手の評価と活用

 SABRmetricsによって「勝つ」という目的のために必要な要素を定義し、その要素に基づいたパフォーマンス分析によって選手の評価や選択・活用に取り組んでいる。

変化2:試合の戦略

 ビッグデータを使って予測モデルを構築し、各選手の特性やプレーの内容、試合展開などから対戦相手の弱点を見つけ出すことで、戦略を調整し最適化が図れる。試合の戦略やラインナップの決定にはAI技術も使っている。AI技術を積極的に活用しているテキサス・レンジャースは2023年、ワールドシリーズのチャンピオンになった。

変化3:スカウティング

 スカウトの経験や勘による選手評価を否定し、選手の過去のパフォーマンスや長所・短所に関する客観的データを選手獲得の意思決定に使う。さまざまな出版物やスポーツジャーナリストの記事、ファンが作成したブログやメディアなどのコンテンツを生成AIによって自動的に要約しスカウティングレポートを作成している。

変化4:トレーニング・健康管理

 データによって選手一人ひとりの長所と短所を明らかにし、それを基にトレーニングプログラムを設定し、各選手が自分に合ったトレーニングを受けられるようにした。Statcastのデータ分析からは、選手が故障する可能性の早期発見も可能になっている。選手のトレーニング負荷や疲労度を分析し、ケガの予防に役立てるアプリケーションも開発・利用している。

変化5:ファン獲得・満足度向上

 データ活用により、観客動員数や視聴者を増やし収益拡大につなげている。2001年には公式サイト「MLB.com」に試合中継機能を用意し、スコアをリアルタイムに見られるようにした。2006年には、3D(3次元)の投球追跡機能により投球スピードと球種を見られるようになり、2015年のStatcast導入により、より幅広いデータが観客や視聴者に提供されるようになった。

 切符の購入や球場のロジスティックまでファンのすべての行動工程に対応したアプリケーションプラットフォームも提供している。ニューヨーク・ヤンキースは、ファンからの問い合わせや支援への対応に生成AIを使ったチャットサービスを提供し満足度の向上を目指している。