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MLBにみるデータ活用によるビジネス変革のあり方【第77回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2024年2月19日

大谷 翔平 選手がドジャースと10年間7億ドル(1015億円。1ドル145円換算)で契約した。これはMLB(Major League Baseball:米大リーグ機構)で最高額なだけでなく、北米スポーツ史上でも最高額になった。これだけ高額での契約が成り立つ背景には、MLBが持つ収益力の高さと、それを実現するためのデジタル技術を活用した変革の歴史がある。今回は、MLBを参考例にデジタル化やAI(人工知能)技術の活用術を見てみたい。

 大谷 翔平 選手の契約額だけでなく、MLB(Major League Baseball:米大リーグ機構)における選手と球団の契約額は高額だ。それほど高額な契約を結ぶには、それを可能にする球団経営における収益力が必要である。

 球団の収入は、放映権やチケット収入、グッズ販売、スポンサーシップなどから生み出される。その収入は年々増加している。2023年の年間収入の1位はニューヨーク・ヤンキースの6億5700万ドル(約952億円。1ドル145円換算、以下同)である(米Forbes調べ)。大谷選手を獲得したロサンゼルス・ドジャースのそれは5億8100万ドル(約842億円)だった(同)。

 最大の収入源は放映権だ。何百万人ものファンがテレビ観戦する。なかでもケーブルテレビ局は、インターネット配信との対抗上、MLBを重要なコンテンツに位置付け巨額の契約を交わしている。全国放送の放映権で得られる利益は、MLBの30球団に均等に配分される。一方でMLB自身が自前の映像配信サービス「MLB.TV」を提供しており収入に貢献している。

1970年代に生まれた「SABRmetrics」が野球の定義を変えた

 MLBは、球団の価値を高め、収入を増やすためにデータを活用したビジネス変革、すなわちDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めてきた。選手の評価・スカウティング、試合の戦略策定、トレーニング、ファンの獲得などを常に見直すために、積極的にデータを活用している。

 データ活用によって野球を大きく変えたのが、オークランド・アスレチックスのBilly Beane(ビリー・ビーン)氏が採用した「SABRmetrics(セイバーメトリクス)」である。1970年代にBill James(ビル・ジェームス)氏が提唱し「27個のアウトを取られるまでは終わらない競技」と定義し直すことで、野球の伝統的価値観を覆した。

 この定義に基づき、球団の資金力がない中、データを駆使して選手を採用・起用しチーム編成を変えることで無駄な要素を極力省き、低予算でチームを強くすることに成功した。その改革はノンフィクションの『マネー・ボール』として小説化・映画化もされており、ご覧になった読者も多いことだろう。

 SABRmetricsでは、野球の構造をデータから突き詰め、勝利の構造をモデル化した。そのモデルに基づき、勝利への選手の貢献度をデータから導き出し、その結果を評価や将来予測に使用した。

 そのモデルにおいて、例えば打者に重要なのは「アウトにならない確率」だ。そのため重要なデータは、伝統的な「打率」ではなく、スリーアウトになるまでに獲得が見込まれる得点数の平均である「得点期待値」になり、四死球(デッドボール)を含めた「出塁確率」が重要な要素になる。

 一方、投手に関しては、相手の得点可能性を下げ、アウトを稼ぐ能力を評価する。すなわち、与四球数(ファーボール)が少ないことであり、投手に責任のある安打である「被本塁打数」が少ないことなどが重要要素になった。これらの重要要素に基づくスカウティングによって、それまで注目されなかった選手を見出せるようになったのだ。

 SABRmetricsによる変革は当初、それまでの考え方とは大きく異なったため反発もあった。だが、アスレチックスを模倣する球団が次々に現れる。やがてMLBとしてビッグデータを重視する風潮が広がっていく。

 このように野球のゴールである「試合の勝利」を分析し、そのための構造を明確にし、それに対する要素を定義して、それをデータ分析から導きだす。次に、その要素に対する、それぞれの選手の貢献を考え、その貢献度をデータから導き出して評価する、データを使ったモデル化による変革を実現したわけだ。