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中国製造業の強みを支える中国版DXの姿【第91回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2025年4月21日

5Gネットワークが変革のインフラに

体制・インフラ

 テクノロジーを実際に社会実装していくためには、それを実現するインフラストラクチャーや開発環境、実装のための体制が必要になる。中国では工業インターネット産業連盟が、テクノロジーやシステム統合などの「コア企業」と、それらのテクノロジーを応用して変革を進めていく「浸透企業」の連携を図ることで、工業インターネットの発展推進をリードしてきた。

 さらに、工業インターネットプラットフォームを定義し、実現している。そのコアは、ネットワーク、アクセスコントロール、クラウドプラットフォーム、データセキュリティ、工業制御・機器、システム統合である。これらの分野に多数の企業が参入し工業インターネットを支えている。

 インフラの充実例としてネットワークが挙げられる。5Gを社会基盤として推進している。5Gの基地局数は414万カ所を超え、2025年までに1万人当たり26カ所という目標を達成している。5Gモバイルの利用者数は9億6600万人に上る。

 5Gネットワークは、スマホを中心としたモバイルユーザだけでなく、製造変革のインフラとしても積極的に活用されている。重点産業の中で30工場において5G通信を可能にし、5Gを使った製造変革を実施した。

 そこでは、5G SA(Stand Alone)という5Gの本来の機能を活用し、モバイルキャリアの5Gネットワーク上に仮想ネットワークとして、プライベート5G網を作る形態を採っている。日本でのプライベート5Gであるローカル5Gが、独自の基地局やネットワーク設備を設置しなければならないのに比べれば、はるかに早く実現が可能である。

 5Gネットワークは社会変革にも使われている。『SDV(Software Defined Vehicle)など“コネクティッド”による変革が広がる【第89回】』」で示したコネクティッド変革を実現する。これらのネットワークだけでなく「国家工業インターネットビッグデータセンター」というデータセンターなどもインフラとして準備する。

 これらのインフラを基盤に、AIやロボットを使った新たな生産方式や産業形態、ビジネスモデルを採用したスマート工場を実現する。産業ロボットの設置も盛んで年間設置台数は世界最多である。

 スマートファクトリーの例も多数、発表されている。杭州西奥エレベーターの工場では、デジタルツインを使って設計し、取引先からの注文、工場での設計・生産、物流、アフターサービスのライフサイクル全体のデジタル化を実現している。同工場では、50数本の生産ラインをリモート操作によって切り替えられ、製造の稼働状況をリアルタイムで確認できる。

 自動車生産の長安汽車では、1400体のロボット、650台のAGV(Automatic Guided Vehicle:無人搬送車)やスマート設備、ワークステーションを5Gネットワークで接続し、自動化率100%を達成したと発表している。これらの例のように、デジタルツインを使った工場の設計とモニタリングや、インテリジェント設備を使い、情報を共有するインテリジェント製造により製造方式の変革を図ったスマートファクトリーが増えている。

 構築にあたっては、長安汽車の例ではチャイナテレコムとHauweiが支援し、ネットワークを得意とするキャリアやシステム統合会社などのコア企業がスマート工場の設立を支援している。

 これら5Gの事例は、コア会社により共有するだけでなく、「5G Development Conference」という会議によっても共有され、優秀な事例は「Blooming Cup」というコンテストで表彰をされる。こうした事例共有の仕組みがスマートファクトリー化を加速させている。

人材

 DXの推進においてはデジタル人材が不可欠にある。中国では、ソフトウェア、情報通信、情報サービスなどICT関連職種の従業員数が2022年に592万2000人おり、デジタル化対応人材を賄っている。

 そのうえで新技術に対応するために、2024年に「デジタル人材育成を加速させデジタル経済発展を支える行動案(2024〜2026年)」を発表。デジタル技術を要するエンジニア育成やデジタルスキルアップのプロジェクトをスタートさせている。こうした人材を有効活用することで、デジタル化をさらに加速させる。

「中国製造2025」の推進施策はDXへの取り組みでも参考になる

 目標設定、イノベーション、体制やインフラ、人材のそれぞれについて中国製造業の強みを見てきた。政府主導による中国製造2025のように、その全ての実現は難しいものの、その動きの中でDXへの取り組みとしては、さまざまな点が参考になる。高い目標を掲げ世界ブランドを実現していることや、製品イノベーションによる製品化に向けてインフラや製造の仕組みの変革や体制を確立していること、販売や販売支援を含めた製造改革が必要であることなどである。

 テクノロジーの活用もその1だ。製造の仕組みのイノベーションのために、ネットワーク等のインフラや、開発や実装を早めるアーキテクチャー、アーキテクチャーの実装のためのプラットフォーム、全体最適を実現するデジタルツインなど、テクノロジーの活用の検討および実現のための体制や人材の準備など参考になることは多い。

 ネットワークやAIなどテクノロジーの進化は、顧客の要求や市場を大きく変えていく。それに応じた製品や製造にも、テクノロジーの高度な活用が必要になる。ただし、それらのテクノロジー活用だけに注力するのではなく、その製造の仕組みや、製品の市場価値の向上、販売方法など総合的な検討が必要である。

大和敏彦(やまと・としひこ)

 ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。

 その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。