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英国で進化を遂げるデータの利活用、最高データ責任者の役割とは【第8回】

鍋島 勢理(CDO Club Japan 理事、広報官、海外事業ディレクター)
2018年5月7日

データを収集し”使える”データにするのがChief Data Officer

 一方、Chief Data Officerを受賞したのは、Transport for London (TfL:ロンドン交通局)のChief Data OfficerであるLauren Sager Weinstein氏だ。Wilkinson氏と並んで受賞した2人は、英国においてデジタル化をリードする女性としても注目されている(写真2)。

写真2:左からNHS Digital, CEOのSarah Wilkinson氏、CDO Club Global, CEOのDavid Mathison氏、TfL, CDOのLauren Sager Weinstein氏

 TfLは、ロンドンの公共交通の大半を担う行政機関として、交通政策の実行と公共交通システムの運営を担当。地下鉄やバス、信号などが生成する膨大な量のデータを使って、大都市の交通と人々の生活を支えている。

 そのTfLにあってCDOのWeinstein氏は、TfLのBI(ビジネスインテリジェンス)、データサイエンス戦略、テクニカルプラットフォームデザイン、データを利用した製品/サービスの開発における責任者である。配下には、優秀な開発者、データサイエンティストを擁する。

 彼女のチームが開発した仕組みの1つに「Oysterカード」がある。日本の「PASMO」などICカード乗車券で、今はロンドンではお馴染みの存在だ。ロンドンほか、米国のニューヨークやボストン、マイアミといった都市にも導入され、世界中で15億人以上が利用している。彼女の元には毎日、1900万のICカードから得られるデータや、450万台のバスの位置情報などが届く。

 Weinstein氏は、米ロサンゼルス市やシンクタンクのランド研究所で、リサーチと分析に基づく政策を策定した後、英国に渡り、2002年からTfLでのキャリアを歩み始めた。分析部門ヘッドとして、ロンドンで公共機関を利用する顧客体験を分析、2017年にCDOに就任した。課題が何かを把握し、チームメンバーと協力しながらリーダーシップを発揮している。

EU離脱やGDPRなどで英国はデジタル化の過渡期にある

 英国では、Chief Data Officerがデータを収集し、そのデータを使いやすい形にするまでを管轄する組織が多く置かれている。いくら大量のデータを持っていたとしても、そこから必要なデータを抽出し、かつ新しいビジネスモデルの創出に”使えるデータ”に変換する必要がある。組織にとって重要な資産、価値あるデータを得るには、高度な専門性と経験が必要になる。

 ロンドンでデジタル戦略、データ戦略を担う方々とのインタビューからは、英国が今、大きな過渡期を迎えていることが分かった。1つは、1年後の2019年3月29日に英国がEU(欧州連合)から離脱することにより、優秀な国外の人材確保が困難になるのではないかと懸念する声があることだ。特に金融都市として発展してきたロンドン、中でもFinTech企業にすれば、EUのハブとして機能し続けられるのかの議論が分かれている。

 EU一般データ保護規則(General Data Protection Regulation:GDPR)も大きなテーマになる。GDPRは、個人データの処理と移転に関するルールを定めた規則で、新しい個人情報保護の枠組みとして2018年5月25日から施行される。

 このような情勢や規制などによって変化する環境に、デジタルトランスフォーメーションをリードするCDOはフレキシブルに対応していかなければいけない。ダーウィンは「最も強いものでも、知的なものでもない。最も変化に対応できるものが生き残るのである」と言う。

 英国のCDOは、テクノロジーの急速な進化や、予測が難しい政局・世界情勢・法律などに対応しながら、試行錯誤によってデジタル戦略を推し進めている。彼らから学ぶことは多そうだ。

鍋島 勢理(なべしま・せり)

CDO Club Japan理事、広報官、海外事業ディレクター。2015年青山学院大学卒業後、ロンドン大学University College London大学院にて地政学とエネルギー政策を学ぶ。東京電力ホールディングスに入社し国際室にて都市計画、欧州の電力事情等の分析調査を担当。外資コンサルティングファーム勤務を経て鍋島戦略研究所を設立。現在はデジタル組織、サイバーセキュリティについて研究。国内外のCDOと交流を図り、組織へのCDO設置を啓蒙している。海外のビジネススクールと連携してエグゼクティブ向けプログラムを開発中。オスカープロモーション所属。