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イスラエルの魅力を高めるスタートアップ・エコシステム【第17回】

鍋島 勢理(CDO Club Japan 理事、海外事業局長、広報官)
2019年2月4日

アカデミアと兵役の存在がエコシステムを下支え

 イスラエルのスタートアップ企業は、それぞれが世界各国の大手企業などとのエコシステムを構築している。そのエコシステムを下支えしているのがアカデミアの存在だろう。代表例がイスラエル・テクニオン工科大学だ。テルアビブが都市として発展する前に栄えていたイスラエル北部のハイファという街に立地している。

 イスラエル・テクニオン工科大学の研究・教育水準は、米MIT(マサチューセッツ工科大学)と肩を並べる。その創設は、ナチスの迫害が始まっていた20世紀初頭のこと。ユダヤ系研究者が安心して研究に集中できる場所が必要とのう思いから、アルベルト・アインシュタイン氏も創設に関わっている。

 その後、ヨーロッパ各地や旧ソビエト連邦から、10万人を超える技術者たちが同大学に集まるようになり、ユダヤ民族のハブ的役割を果たしている。現在のハイファには、グーグルやマイクロソフト、インテルといった米IT企業の研究所が密集している。

 もう1つの理由に兵役が挙げられる。18歳になると男性は3年間、女性は2年間の兵役の義務がある。中でも、高校卒業時の試験における成績上位者の一部が配属される「タルピオット」と「8200部隊」に注目したい。

 タルピオット(頑強な要塞という意味)は、最先端の軍事技術の研究・開発を担うトップエリートプログラムである。選抜された約30人の若者が最新兵器開発のためのスーパーエリート候補として育成される。一方の8200部隊は、サイバー諜報活動を担っており、サイバー攻撃など現場での経験を通してエリートを育成している。

 18歳という若いときに兵役によって作られる人的なつながりは、大きな資産になり、そのネットワークが世界中に張り巡らされている。兵役後は、スタートアップ企業などに就労しながら、テクニオン工科大学やテルアビブ大学などで、より専門的な知識を磨き、自らが事業を起こしていく。それが新たな雇用を生み出し、国や社会に還元していくというサイクルができあがっているわけだ。

「イスラエル日本イノベーションプラットフォーム」を発表

 今回のCDO Summit Israelには、同国内で活躍するスタートアップ企業や20社ほどのスポンサー企業などを含め500人が一堂に会した。そのSummitで筆者は、日本が抱えている社会課題やデジタルトランスフォーメーション(DX)の現状に加え、「イスラエル日本イノベーションプラットフォーム構想」を発表した。

 これは、CDO Club JapanとCDO Club Israelが連携し、日本企業のCDOと、イスラエルのエコシステムをつなげるのが狙いである。新しいアイデアの源泉を求めて世界中から大手企業や投資家が集まっているイスラエルにおいて、日本企業からもアプローチできる環境は不可欠だ。一方のイスラエルにしても、成熟し大規模でグローバル進出している企業などが多い日本との連携には強い関心がある。

 一般にイスラエルと聞けば、パレスチナ問題や紛争などネガティブなイメージを強い。筆者も渡航前はそうだった。ただ、実際にテルアビブを訪れてみれば、そのイメージは大きく覆される。治安にしても、危険を感じる場所がないわけではないが、そうした場所を認識し避けられれば、夜間でも女性1人が安心して歩ける都市であった。

 CDO Summit Israel代表のAmit Kama氏は「イスラエルが世界に輸出できる最大のものはイノベーションである」と語る(写真3)。イスラエルのスタートアップ・エコシステムと接点を持つことは、最先端のテクノロジーはもとより、危機に応じて世界中どこでも生き延びるための原動力や、変更がない計画はない、あるいは“安定”は存在しないという“無常の精神”からも学ぶべきことが多いだろう。

写真3:CDO Club Israel代表のAmit Kama氏

鍋島 勢理(なべしま・せり)

CDO Club Japan理事、海外事業局長、広報官。2015年青山学院大学卒業後、英国ロンドン大学 University College London大学院にて地政学、エネルギー政策を学ぶ。東京電力ホールディングスに入社し、国際室にて都市計画、欧州の電力事情等の分析調査を担当。外資コンサルティングファーム勤務を経て、鍋島戦略研究所を設立。デジタル戦略をリードする国内外の人やデジタルテクノロジーを取材し、テレビや記事、講演などで紹介している。海外のビジネススクールと連携したデジタル人材教育プログラムを開発中である。オスカープロモーション所属。