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エストニアがデジタルガバメントへの改革に成功した理由とは?【第21回】

鍋島 勢理(CDO Club Japan 理事、海外事業局長、広報官)
2019年6月3日

国民の満足度が行政サービス電子化の指標

 エストニアの各種サービスの表層的な事実だけ見れば、いかにもサクセスストーリーに見えるだろう。だが、その背景には、国の存続を賭けた“必要性”とリーダーシップがある。

 同国は1991年、旧ソ連から独立したものの国の資源がなく、人口やGDPも減少していくばかりだった。九州ほどの面積に沖縄ほどの人口しかいないなど人口密度も低い状況にあって、行政サービスを幅広く行き届けるためには、インターネットの力を利用するしか方法がなかったのだ。

 独立時、首相の年齢が32歳と若く、しがらみが少なく意思決定が早かったことも大きな要因の1つだろう。

 さらに注目すべきは、サービスを提供する行政側が、国民からの満足度を指標化していることだ。2020年に85%の満足度達成を目標にする。そこには国民を「ユーザー」として捉え、ユーザーにとって使いやすく手間を省けるサービスを開発しようという思想がある。煩雑で複雑なイメージが強い行政手続きが、ほぼオンライン上で完結し、ポータル自体が連続性を持ってシームレスに設計されている。

 一方で行政サービスの電子化では、どうしても「行政機関に個人データを管理されるのではないか」という国民からの不安の声も上がる。たとえば同じく電子政府先進国と言われるシンガポールでは「自分のデータがすべて管理されている」との認識を持つ人が多いとされる。

 これに対しエストニアでは、「自分のデータが管理・利用されるのではないか」という懸念よりも「自身が自分のデータを管理できており、各種サービスにスマートにアクセスできる」と認識している国民が多いという。政府に対する信頼や期待は国民一人ひとりで異なるものの、少なくともシステムに対する信頼は大変に厚いと聞く。

 独立して間もなく、政府がデジタルを礎とした国づくりに舵を切ると決断をした際は、多くの国民が否定的な姿勢を見せた。それでも政府は、粘り強い説明を続け、徐々に信頼を築いていったのである。その背景にあった圧倒的危機感が、独立から30年弱にも関わらず、世界初のネット選挙を実現し「デジタル国家」と呼ばれるまでに発展してきたのが、エストニアなのだ。

エストニアにイノベーションを生み出す “魔法”や“宝”はない

 2019年に入ってからは特に、さまざまなメディアがエストニア特集を組んだり、セミナーなどのイベントを多数、開催したりしている。行政のデジタル化を目指す政府関係者や、デジタルガバメントに取り組むスタートアップ企業などとの接点を求める事業者などがエストニアに足を運ぶ動きも目立つ。

 しかし、エストニアに行けばイノベーションを生み出すための“魔法”や“宝”があると思っては大違いである。重要なことは、独立国家としての存在が脅かされるのではないかという危機感をから、政府や企業、さらには国民までもが連携し、改革に取り組んできたという事実を忘れてはならないことである。

 組織のデジタルトランスフォーメーション(DX)によって事業の見直しを図ることの旗振り役であるCDO(Chief Digital/Data Officer)の多くは“デジタルカルチャーの変革”に対しても責務を負っている。

 カルチャーの変革には何が必要か?については、CDO Club Japanでも何度も議論を繰り返している。だが高度成長期に形成された日本のカルチャーや採用制度、教育体系などを一気に変えることが、そう簡単ではないことも、また事実である。

 今後5年間に、日本企業のあり方は大きく変化していくだろう。“茹でガエル”とも揶揄される、この成熟した国家が、エストニアのように素早くトランスフォームしていくためには、強力なリーダーシップと、誰もが「あっ」と思うようなアイデアを、いかに危機感を持って実現しているかに掛かっているといっても過言ではない。

 行政機関であろうと企業であろうと、エストニアから学ぶべきは、危機感を自分ごととして捉え、変革が必要だと動き始めた人をさえぎることなく、彼らが周囲を巻き込みながら改革を進められる“カルチャー”の熟成が重要だという点ではないだろうか。

鍋島 勢理(なべしま・せり)

CDO Club Japan理事、海外事業局長、広報官。2015年青山学院大学卒業後、英国ロンドン大学 University College London大学院にて地政学、エネルギー政策を学ぶ。東京電力ホールディングスに入社し、国際室にて都市計画、欧州の電力事情等の分析調査を担当。外資コンサルティングファーム勤務を経て、鍋島戦略研究所を設立。デジタル戦略をリードする国内外の人やデジタルテクノロジーを取材し、テレビや記事、講演などで紹介している。海外のビジネススクールと連携したデジタル人材教育プログラムを開発中である。オスカープロモーション所属。