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ディスラプターと戦うための対応戦略(前編)「防衛的アプローチ」【第4回】

今井 俊宏(シスコシステムズ イノベーションセンター センター長)
2018年2月13日

戦略2:中核事業を畳む撤退戦略

 破壊されようとしている事業維持コストが、利益よりも明らかに大きい場合にとる戦略が「撤退戦略」である。コストが掛かる割には、今以上の価値を生み出せない市場や、事業を続けても明らかに旨味のない市場からの撤退も含む。撤退する際には、正しいタイミングを見極めることが非常に重要になる。撤退が早ければ利益の取りっぱぐれになり、遅すぎれば事業価値が消え失せてしまう(表2)。

表2:撤退戦略について考えるべきこと
No.内容
1収穫戦略を目指して投資を続けた場合、機会費用がどれだけになるか
2自社が参入出来てディスラプターの参入が難しい、収益性のあるニッチな市場があるか
3存続可能な既存事業は残っているか
4既存事業を処分すべきか
5既存事業を処分する場合の方法は、合併か、売却か、廃業か
6新しい事業に繋がる知見は得られるか

 今の市場から撤退し、特別なニーズを持った少数のカスタマーがいるニッチな市場へ逃げ込むことも有効だ。ニッチな市場は、既存企業が支配していることが多く、採算性が良いケースも多い。ディスラプターにとっては、市場参入への労力(カスタマイズ等)の割には、市場規模も限定されるので、あまり旨味がないことも有効に働く。

 前回触れたように音楽業界は、ディスラプションの影響をもろに受けてきた。ただ今でもレコード盤を製造・販売している企業が数多く存在し、まさにニッチな存在になっている。

GEに見る撤退戦略のケース

 米GE(General Electric)は、100年以上の歴史を持つコングロマリット企業である。工業、電力、金融サービス、家電など幅広い事業を手掛けてきた。だが今は、「デジタル・インダストリアル・カンパニー」に注力する戦略へ劇的に変化している。その取り組みにそぐわないと考えられる事業は、変革もしくは売却する「撤退戦略」を実行している。

 具体的には、家電事業を中国のハイアールへ売却したほか、NBCユニバーサル・ニュースやメディア・エンターテイメント事業、GEキャピタルなどの経営リソースを次世代の事業にシフト。将来の大きな可能性を秘めた「バリューベイカンシー」の獲得に向けて、思い切った経営の舵をとっている。

 シフト先の取り組みが「Industrial Internet」であり、IoTプラットフォームとなる「Predix」の開発に注力している。Predixは、ジェットエンジンや風力タービン、ロボット、製造装置など、様々な産業向け機械類からデータを収集し解析するためのソフトウエアとクラウドサービスである。

 iOSやAndroidといったスマートフォン向けOSが、新たなビジネスの主要なプラットフォームになったように、GEはPredix を産業向けのプラットフォームにすることを目標にする。Predix上で様々なアプリケーションが提供・動作できるようにすることで、自社製品の価値を高め、新しい収益の流れを作ろうとしている。こうした取り組みを生かし2020年までに世界でトップ10のソフトウエア企業に仲間入りすることも目指している。

図3:米GEの撤退戦略

 米シスコシステムズも以前、撤退戦略を採ったことがある。2003年のLinksysの買収や2005年のScientific-Atlantaなどの大型買収がそれだ。ホームネットワークや、セットトップボックス(STB)、コンシューマー向けネットワーク市場への参入を目指した。

 しかし、約10年後に戦略の見直しを図り、慎重な検討を経てコンシューマー向けネットワーク事業やコネクテッドデバイス事業などの関連事業を切り離した。当時、隣接事業を含め30 以上に及んでいた事業領域を、5つの基本的な優先事業分野(当時の注力分野であるコア、データセンター、仮想化、コラボレーション、ビデオ)に絞り込み、社内の再活性化戦略を策定した。

 その結果、これらの優先事業分野と密接に関連する個々の市場に対し、より集中的に取り組めるようになった。こうした撤退戦略と戦略移行により、シスコは自社が強みを持ち、競争に打ち勝てる分野に集中し続けている。

 このように収穫戦略と撤退戦略は、市場の変化とデジタルディスラプションへの適応を目的とした防衛的アプローチである。いずれの戦略も、ディスラプションへのネガティブな対応ではないし、失敗を意味する訳でもないことに注意いただきたい。

 これに対し、バリューベイカンシーを有効に活用し、ディスラプトされた既存事業の落ち込みを相殺出来うる新事業を見つけ、ディスラプションに対してディスラプションで対抗するのが攻撃的アプローチだ。次回は攻撃的アプローチに関して述べる。

 なお、デジタルボルテックスを解説した『対デジタル・ディスラプター戦略』(日経経済新聞出版社)が2017年10月24日に出版されている。こちらも、ぜひ、ご覧いただければ幸いである。

今井 俊宏(いまい・としひろ)

シスコシステムズ合同会社イノベーションセンター センター長。シスコにおいて、2012年10月に「IoTインキュベーションラボ」を立ち上げ、2014年11月には「IoEイノベーションセンター」を設立。現在は、シスコが世界各国で展開するイノベーションセンターの東京サイトのセンター長として、顧客とのイノベーション創出やエコパートナーとのソリューション開発に従事する。フォグコンピューティングを推進する「OpenFog Consortium」では、日本地区委員会のメンバーとしてTech Co-seatを担当。著書に『Internet of Everythingの衝撃』(インプレスR&D)などがある。