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デジタルビジネスアジリティ(前編):ハイパーアウェアネス(察知力)【第6回】
業務遂行パターンを理解し組織の隅々まで把握する
もう1つのデジタル的アプローチはワークパターン認識だ。従業員が何をしているのかを明らかにする。センサーや業務用アプリケーション、協働ツールなどのデジタルソースからデータを収集・解析し、従業員の業務遂行パターンを理解する。ワークパターンを可視化すれば、どの業務プロセスが良い結果を生んでいるのかが判るため、改善に向けた様々なヒントを得られ、組織の隅々まで目が届くようになる。
たとえば米Bank of Americaは、コールセンターの従業員が、どのように協力し合い業務を遂行しているか、従業員の生産性と社交活動の関係性を理解しようと試みた。米Humanyzeが提供するトランプ一束ほどの大きさのスマートバッジ(加速度センサー、マイク、赤外線走査装置、Bluetooth等を内蔵)を導入し毎日、40種類、4ギガバイト分の情報を収集した。
データを分析した結果、成功している従業員は、非常に密度の濃い対面ネットワークを持ち、音声の特徴解析からストレスレベルが低いことを見出した。社員同士のコミュニケーションが高いほど生産性が高かった。そこで、チームのスケジュールの組み方を変えた結果、生産性が10%向上し、離職率が70%低下した。具体的には、各自が個別に取っていた休憩をチームで取るようにする、昼食時間のタイミングを調整し同僚とのコミュニケーションを奨励する、などである。
ワークパターン認識を導入する際の注意点としては、従業員から許可を取ることである。プライバシー保護手段について十分な配慮や法規制も考慮する必要がある。
(2)状況認識
状況認識は、ビジネス環境とオペレーション環境の変化を見極め、どの変化の重要度が高いかを判断する能力である。ビジネス環境に対する状況認識を高めることで、カスタマーやライバル企業、提携企業との関係状況、市場の変化などをいち早く察知し、デジタル技術とデジタルビジネスモデルに関する洞察を得る。
たとえば、アマゾンの商品価格の設定では、エージェントソフトウェアが常にライバル企業のサイトをチェックし、製品の価格設定データを収集。そのデータを元に価格をダイナミックに調整し利益を最大化している。これは強力な状況認識に支えられていることの証だ。
オペレーション環境に対する状況認識を高められれば、ますます複雑になりつつある工場や設備、車両、建物といった自社資産の状況や状態を追跡し効率を最大化することが可能になる。IoT(Internet of Things:モノのインターネット)は、物理的なビジネス環境の中にあって、いまだインターネットに接続されていない様々な資産(ダークアセット)を接続し、膨大な量の情報入手するデジタル技術であり、ハイパーアウェアネスを高めるキーになる。
ハイパーアウェアネスでは、カスタマーの不満に耳を傾けて新たな市場ニーズや、より効果的にカスタマーバリューをもたらす技術、ビジネスモデルを注意深く観察する。バリューベイカンシーを見つけたいならば、満たすべきカスタマーのニーズと、それを満たす方法を見極め、他業界で成功しているビジネスモデルを探す。こうしたことを鋭く察知する能力と、目的の実現を支援するデジタル技術があれば、高度なハイパーアウェアネスを身につけられる。
ハイパーアウェアネスで獲得するデータや情報を活用してデジタルボルテックスの渦の中で競争力を高めるには、次のステップである、情報にもとづく意思決定力も高める必要がある。次回は、その情報にもとづく意思決定力について説明する。
なお、デジタルボルテックスを解説した『対デジタル・ディスラプター戦略』(日経経済新聞出版社)が2017年10月24日に出版されている。こちらも、ぜひ、ご覧いただければ幸いである。
今井 俊宏(いまい・としひろ)
シスコシステムズ合同会社イノベーションセンター センター長。シスコにおいて、2012年10月に「IoTインキュベーションラボ」を立ち上げ、2014年11月には「IoEイノベーションセンター」を設立。現在は、シスコが世界各国で展開するイノベーションセンターの東京サイトのセンター長として、顧客とのイノベーション創出やエコパートナーとのソリューション開発に従事する。フォグコンピューティングを推進する「OpenFog Consortium」では、日本地区委員会のメンバーとしてTech Co-seatを担当。著書に『Internet of Everythingの衝撃』(インプレスR&D)などがある。