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デジタルビジネスアジリティ(後編):迅速な実行力【第8回】

今井 俊宏(シスコシステムズ イノベーションセンター センター長)
2018年6月11日

迅速な改善と介入でプロセスを“動的”にする

 動的プロセスを実現するには、それをいち早く可能にする「迅速な改善」と、プロセスを最適化する「迅速な介入」が必要になる。

迅速な改善

 これまで“迅速さ”を求め、種々の支援業務をアウトソーシングしてきた。しかし、マーケティングやカスタマーサポート、技術開発など、新たな価値を創出するための活動全般においては、新たな能力を素早く導入しなければならない。そこでは、ディスラプターが提供する製品/サービスを利用することが有効な手段になり得る。

 事実、ディスラプターは、他のディスラプターから手に入れたカスタマーバリューを使って実行力を加速し、仮想的な組織能力を獲得し、自身の新たなカスタマーバリューを創出している。

 たとえば、各種の製品/サービスをつなぎ合わせ新たなエコシステムを構築する「プラットフォーム」は、多くの既存企業にとって未知の領域である。だがディスラプターは、その価値を巧みに利用し、今すぐにもプラットフォームを作りたい企業にプラットフォームを売っている。ディスラプターは敵ではあるものの、必要なデジタルビジネスにおけるアジリティ(俊敏性)の獲得を助けてくれる味方でもある。

迅速な介入

 迅速な介入は、業務を効率的に遂行するうえで極めて重要な要素である。デジタルディスラプション、とりわけコスト管理とカスタマーエクスペリエンス(UXまたはCX)の質が問われる防衛的戦略(収穫戦略と撤退戦略)で大きな役割を果たす。

 ここでも重要になるのがIoTだ。工場やプラント、倉庫、病院、店舗などがネットワークに接続されれば、これまで把握できなかった“ダークアセット”が、膨大な量の情報として入手可能になり、動的プロセスをデザインするための下準備が整う。

 そのようにして入手した情報が、プロセスを最適化するためのアプローチを支え、迅速な介入を促す。その過程では、デジタル化できるものは例外なくデジタル化する。イノベーションを加速する際にも、迅速な介入によりプロセスを最適化することが、極めて重要な役割を果たす。

 さらに昨今はサイバーセキュリティのリスクが、イノベーションの妨げとなるだけに、アジリティ向上には万全なセキュリティ対策が不可欠である。

 以下では、動的リソースや動的プロセスを使って、迅速な改善/介入を実践している具体例を紹介する。

スターバックス:新たな商流をデジタルで素早く立ち上げる

 米スターバックスは、世界76カ国で2万8000店舗以上を運営する世界最大のコーヒーのチェーン店である。2014年に「Mobile Order & Pay(MOP)」というプロジェクトを立ち上げ、新しい「エクスペリエンスバリュー(顧客体験価値)」を導入した(図1)。そのためのスマートフォン用アプリケーションも「MOP」と呼んでいる。

図1:米スターバックが2014年から「Mobile Oder & Pay(MOP)」を展開している

 顧客はMOPを使って、自分好みにカスタマイズした飲み物や食べ物をスマートフォンから、店舗を訪れる前に注文できる。料金も、登録してある口座から引き落とされ、実店舗での行列に並ぶことなく、注文した商品を店頭で受け取れる。MOPでは、店舗の混雑状況が分かるほか、Google Mapとも連動しており、最寄りの店舗における推定待ち時間も分かる。

 MOPは2014年12月、米オレゴン州のポートランドで試験運用を開始した後、2015年9月には米国内の約7400店舗以上に展開。その翌月には、イギリスの約150店舗とカナダの約300店舗にもサービスを拡大した。まさに“迅速な実行”を実施したケースだと言える。

 スターバックスの売り上げは、MOP導入後、全売上高の約12%がMOP経由になった(2018年第2四半期の結果)。1回当たり注文金額も増加している。さらにMOPでは、決済の伴うクレジットカード会社への手数料支払いも不要になるため、収益面でも改善が図れている。

 しかし皮肉にも、MOPが急速に普及したことでスターバックスは顧客数を減らしている。通勤時など多くの顧客が利用する時間帯では、MOP経由の注文が殺到。その対応に追われてしまい、店頭での接客がままならなくなってしまったからだ。

 改善策として現在は、「Wave 1 to 3」と呼ぶプロセスの改善を進めている。

Wave 1:ピーク時対応の研修を実施。人員増や「Digital Order Manager(DOM)」と呼ぶMOP専任スタッフの追加などを伴うものだ。DOMの役割は、MOP経由の注文をリアルタイムでバリスタ(コーヒー提供のプロフェッショナル)と共有しながら、顧客に「注文の完了」などを返信し、受け取りカウンターを整理することである。

Wave 2:タブレット端末を使って、DOMのスケジューリングや具体的な実務を徹底する。

Wave 3:MOPに対応した機器の導入や、店舗のレイアウトを最適化するための開発や改装に取り組む。2018年5月までに、約1000店舗にDOMを配置し、Wave 3への改装を進めている。