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デジタルビジネスアジリティ(後編):迅速な実行力【第8回】

今井 俊宏(シスコシステムズ イノベーションセンター センター長)
2018年6月11日

デジタルボルテックスの世界で起こるディスラプションへの対応策である防衛的アプローチと攻撃的アプローチに続き、第6回から、ディスラプションへの対応策をアジャイル(俊敏)に実行するために、企業が身に付けるべき能力について考えている。第6回では「ハイパーアウェアネス(察知力)」について、第7回では「情報にもとづく意思決定力」について、それぞれ考えた。今回は、「迅速な実行力」について考える。

 スタートアップ企業は、製品/サービスの市場投入までのスピードや、実験的でリスクをいとわない姿勢において、既存企業を凌駕している。こうしたスピードや姿勢は、デジタルボルテックスの渦の中で成功を収めるのに欠かせない要素になる。企業が身に付けるべき「迅速な実行力」とは、情報に基づく意思決定を行動に移す対応能力であり、計画を迅速かつ効率的に遂行する組織能力である。

 迅速な実行力を身につけるためには、ほとんどの企業で固定化しているリソースとプロセスにてこ入れが必要になる。リソースやプロセスは“動的なもの”であるとイメージし直し、それぞれにディスラプティブなアプローチを取り入れられれば、企業は迅速な実行力を身に付けられる。

人材とテクノロジーを“動的な”リソースに変える

 動的なリソースは、事業の状況に応じて迅速に調達、配置、管理され、変化していくものである。(1)アジャイルな人材と、(2)アジャイルなテクノロジーの2つの組織資産で構成される。

アジャイルな人材

 デジタルディスラプションを乗り切るには、最適な人材の獲得が不可欠だ。そのためには、人材は絶えず変化するものとしてとらえ、企業の中外を問わず、最適な人材を見つけてフルに活用し、迅速かつ的確にチームを組む必要がある。

 企業の外に目を向ければ、ギグエコノミー(仕事を一回ごとに請け負う労働形態)が成長してきた。無限に近い多様性を持つ人間のエコシステムである「人材クラウド」と呼ぶアプローチも登場している。企業に欠けている、もしくは短期間だけ必要になる専門知識とスキルを獲得できる環境が整いつつある。

 一方、企業の中では、今いる従業員の中に、成功に欠かせない能力を持っている者が、いないかどうかを見極めなければならない。社内からふさわしい人材を探し出す人材監査の方法が必要になる。ふさわしいスキルを持った従業員を見つけたら、実力を最大限に発揮できるチームやポジションに異動させる。企業としては、これら両方を実行可能にするインテリジェントな人材配分のメカニズムが不可欠である。

アジャイルなテクノロジー

 アジャイルなテクノロジーのモデルでは、テクノロジーをどう用いるかで競争力が決まる。そのため、ITをいかに用いるか、ITがアジリティと競争力の強化にどれだけ貢献するかの見極めが重要になる。

 たとえば、クラウドコンピューティングは、間違いなく企業のIT戦略の屋台骨である。クラウドを使うことで組織は、デジタル化に必要なリソースをオンデマンドで獲得できる。

 クラウドは、物理的な資産やプロセスを、より動的に活用するためにも有効だ。物理的な資産に重きが置かれる業界、具体的には、石油業界やガス業界、公益事業など、デジタルボルテックスの外縁に位置している業界においては、とりわけ有益である。

 クラウドの例に見るように、IT部門が動的リソースのアプローチを積極的に取り入れれば、インフラとアプリケーションにかかる総所有コスト(TCO)を減らしながら、付加価値につながるリソースをより増せる。ビジネスニーズに素早く対応でき、かつITリソースの提供と管理を、より迅速に実行できる。

 ただし、IT部門が会社のニーズに応えるためには、経営陣がきちんと管理し、指示を出すことでバランスをとり、試験運用や最先端技術の開発などから企業が望む結果を出すための配慮が不可欠である。