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デジタルビジネスアジリティ(後編):迅速な実行力【第8回】

今井 俊宏(シスコシステムズ イノベーションセンター センター長)
2018年6月11日

中国テンセント:テストと学習を素早く繰り返す

 中国の大手IT・ネットサービス企業のテンセントは現在、モバイル用メッセンジャーアプリ「WeChat」を軸に、オンラインゲームなどに加え、モバイル決済の「WeChat Pay」や、投資・融資・保険に至る多様な金融サービスをプラットフォーム上で展開している。

 そのテンセントが採るのが、実験とリスクをいとわない「イテレーション(短期間で修正を繰り返して完成度を高めていく手法)」のアプローチである(図2)。これにより、オンラインサービスの迅速な立ち上げと改良を図っている。サービスを市場投入してから数時間も経たないうちに、新しいサービスが、どのように利用されているかを観察し、利用者からの改善要望や機能追加を検討する。

図2:テンセントのWeChatとイテレーションアプローチ

 革新的な新サービスの開発に拍車をかけるための内部コンペを開催している。「WeChat」の元になったプラットフォームも、内部コンペによる成果である。

仏ダッソー・システムズ:デジタルツインで素早く正確にシミュレーション

 フランスで最大手のソフトウェア会社がダッソー・システムズである。3D(3次元)CAD(コンピューターによる設計)ソフトウェアおよび3Dデータの統合管理ツールなどが主力製品で、自動車や航空機などの製造業が主要顧客である。

 そのダッソーは今、心機能のシミュレーションに応用できる人間の心臓“のデジタルツイン”を開発している(図3)。デジタルツインは、現実世界に存在する物理的なモノと、センサーや解析技術で生成したデジタルの“分身”を一対一でマッピングするコンセプトである。

図3:ダッソー・システムズのデジタルツインアプローチ

 デジタルツインを用いて極めて正確なシミュレーションを実行すれば、様々な状況における物理的なモノの挙動を確かめられる。シミュレーションから得られたデータを使い、状況の変化やデザインの変更が性能にどのように影響するかを確かめれば、新しいバーチャルプロトタイプの見直しを加速できる。このコンセプトを人間の体に応用すれば、薬物療法の効用を改善することも可能になる。

 ダッソーが開発している心臓“のデジタルツイン”は、先天性異常や閉塞のある心臓をバーチャルコピーしたものになる。これをシミュレーションすることで、外科手術やペースメーカーの挿入が心機能と患者の健康にどのような影響を及ぼすのかを予見したり、創薬に応用したりが可能になると期待されている。

これから起こるであろうことが基準になる

 3回に分けて述べてきたように、デジタルビジネス・アジリティの中核的概念は、複雑な既存企業の組織が方向転換できる能力を持ち、究極的には変化する能力を備えることを目指している。これは、現状を察知して決定し、それに反応するだけでなく、これから何が起こる可能性が高いかという基準で察知・決定し、プロセスを積極的に適応させていく必要性が高まると考えられるからである。

 デジタルビジネス・アジリティを身につけられれば、インテリジェントな変化が生まれ、イノベーションを起こせるようになり、一体化して物事を実行できるようになるはずだ。

 企業は、(1)ハイパーアウェアネス(察知力)、(2)情報に基づく意思決定力、(3)迅速な実行力という、密接に依存し合う3つの能力を積極的に高め、効果的に利用する必要がある。

 なお、デジタルボルテックスを解説した『対デジタル・ディスラプター戦略』(日経経済新聞出版社)が2017年10月24日に出版されている。こちらも、ぜひ、ご覧いただければ幸いである。

今井 俊宏(いまい・としひろ)

シスコシステムズ合同会社イノベーションセンター センター長。シスコにおいて、2012年10月に「IoTインキュベーションラボ」を立ち上げ、2014年11月には「IoEイノベーションセンター」を設立。現在は、シスコが世界各国で展開するイノベーションセンターの東京サイトのセンター長として、顧客とのイノベーション創出やエコパートナーとのソリューション開発に従事する。フォグコンピューティングを推進する「OpenFog Consortium」では、日本地区委員会のメンバーとしてTech Co-seatを担当。著書に『Internet of Everythingの衝撃』(インプレスR&D)などがある。