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デジタルビジネスアジリティーを実践するリーダー像【第9回】

今井 俊宏(シスコシステムズ イノベーションセンター センター長)
2018年7月9日

前回まで、デジタル化に向けて企業が身に付けるべき能力となる「デジタルビジネスアジリティ」を紹介してきた。それを実践し成功に導くためには、新たなマネージメントアプローチが求められている。アジャイルなリーダーシップである。アジャイルなリーダーが備える特性と、ビジネスにおける行動や姿勢に関して述べる。

 これまでリーダーシップは、いくつかの普遍的な特性と行動によって生み出されていると考えられてきた。誠実さや、判断力、分析力、意思決定力、カリスマ性、コミュニケーション力などである。しかし、デジタル化によりイノベーションと変化のペースが速まったことで、リーダーとしての優位性の確立と、その維持が難しくなっている。変化の激しいデジタルボルテックスの渦の中では、リーダーもアジャイル(俊敏)でなければならなくなった。

 DBT(Global Center for Digital Business Transformation)センターが実施した調査結果から、変化の激しいデジタルボルテックスの世界で成功するアジャイルなリーダーは、4つの特性を持ち合わせていることが判った。(1)謙虚さ(Humility)、(2)適応性(Adaptability)、(3)ビジョン(Vision)、(4)エンゲージメント(Engagement)である。それぞれの頭文字をとって「HAVE(ハブ)」と呼ぶ。

 HAVEは、アジャイルなリーダーが持つべき、ビジネス重視の行動や姿勢を特徴づけるものだ(図1)。それぞれを見ていこう。

図1:アジャイルなリーダーの特性と行動基準

特性1:謙虚さ(Humility)

 リーダーが身につけるべき「謙虚さ」とは、現在の変化のスピードが、リーダー個人の知識や経験を凌駕している事実を正しく認識することを意味する。つまり、自分よりも多くのことを知っている人間がいることを認め、フィードバックを受け入れる能力である。

 デジタルボルテックスのように、変化の激しい世界においては、自分が何を知らないのかを認識することが、自分が知っていることを把握することと同等の価値があると考えられる。アジャイルなリーダーになるためには、常にオープンな姿勢を持ち、組織の内外から積極的に情報を求めて学び、他者のアイデアや知識を自分のものと同様に尊重する姿勢をもつことが重要である。

特性2:適応性(Adaptability)

 リーダーが身につけるべき「組織レベルの適応性」とは、イノベーションに対して積極的で、脅威や機会に直ちに反応できることを意味する。「個人レベルの適応性」とは、新しいアイデアに対してオープンで、納得すれば意見を変えることを厭わず、その意見を組織の内外の関係者に適切にコミュニケーションできることを意味する。

 アジャイルなリーダーになるためには、変化は絶えず続くものであり、新しい情報に基づいて考えを変えることが“弱さ”ではなく“強さ”であると認識し、臨機応変に新しい行動に取り組む姿勢が必要になる。

特性3:ビジョン(Vision)

 リーダーが身につけるべき「ビジョン」とは、短期的な不確実性に直面しながらも、長期的な方向性を見通す力を指す。アジャイルなリーダーになるためには、短期的には臨機応変に行動しつつ、目指すべき姿を見据えたビジョンを示し、それに向かって邁進する姿勢が必要になる。

特性4:エンゲージメント(Engagement)

 リーダーが身につけるべき「エンゲージメント」とは、新たなトレンドに対する強い関心と好奇心を持ちつつ、組織内外の関係者の声に耳を傾け、積極的に意思の疎通を図る力を指す。デジタルボルテックスの世界では、今日の知識が明日には役に立たなくなる可能性が高い。

 アジャイルなリーダーになるためには、関係者との意思疎通に多くの時間を費やし、常に最新の情報を得る努力が必要になる。

 これらの特性のうち、適応性とビジョンは、時間的な観点からみると、対極に位置する。適応性が短期的な特性であるのに対し、ビジョンは長期的な特性になるからだ。

 また、エンゲージメントと謙虚さは、感情や認識力の観点からみると、やはり対極に位置する。エンゲージメントが主に感情的な特性であるのに対し、謙虚さは主に認識力に関係するからである。これらの特性をバランスよく合わせ持つリーダーはアジャイルであり、デジタルビジネスアジリティを実践する下地があると考えられる。