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米国勢GAFAと中国勢BATが繰り広げるデジタルの覇権争い(後編)【第13回】

ディスラプションが進行するヘルスケア業界

今井 俊宏(シスコシステムズ イノベーションセンター センター長)
2018年11月12日

GAFAよりも積極的な中国勢

 中国勢のAlibaba と Tencent は、米国勢より、さらに積極的である。その背景には中国での医師不足がある。患者1000人当たりの医療従事者数は、米国の平均2.4人に対し、中国は平均1.5人と少ない。デジタル技術を積極的に活用せざるを得ない状況も影響している。

 Alibabaは2017年7月、「Doctor You」と呼ぶAI(人工知能)を使ったCT画像の診断サービスを開始した。30分間に9000ものCT画像を読み込み、肺がんの初期症状を90%以上の確度で検出できる。

 また中国の伝統的な病院では待ち時間が長いという理由もある。まずはデポジット(預かり金)が必要で、その支払いが完了しなければ検査や診察は受けられなければ薬も受け取れない。精算を含め支払いのたびに行列ができる。たとえば検査に20分、診察に10分、薬の受け取りに10分かかるとして診察時間は合計40分。そのために支払いの行列には2時間も並ばなければならないことがあるという。

 そこに対してもAlibabaは、診察を受ける、診断書と処方箋をもらう、薬局に行って薬をもらうという一連のプロセスをオンライン化し、ストレスのない世界を作ろうとしている。すでに一部の病院では、診察予約や医者の選択、待ち時間の通知のデジタル化に加え、Alipayでの支払いが可能になっている。傘下のAlihealthは、オンライン病院のネットワークを作り、処方箋を宅配するサービスを開始している。

 Alibaba のコア事業であるEC(電子商取引)とヘルスケアによる相乗効果が期待されるのが、越境ECでの医薬品販売だ。特に日本の医薬品は、訪日観光客には人気がある。規制改正と合わせメーカー側の販売体制が整えば、大きな可能性を秘めた事業になることは間違いない。

 Tencentは、AIで取り組む戦略的事業領域として、ゲーム、ロボット、ヘルスケアの3つを挙げる。その一環で、傘下のWeDoctorが、ビデオチャットを利用したオンライン診療サービス「Miying」を2017年から提供している。中国全土に広がる約100カ所の病院を結び、ガンの早期発見に取り組む。Miyingでは、10秒以内に90%以上の精度で肺がんを検診できるため、中国での放射線医師不足の解消にも一役買っている。

 AlibabaとTencentの両社は、ヘルスケア分野のスタートアップへのM&A(企業の統合・合併)を含めて多くの投資をし、短期間での事業参入と患者目線での新サービスの開発・提供に余念がない。

GAFAはAIアシスタントデバイスで破壊戦略を仕掛ける

 ヘルスケア領域でのAI活用に加え、最近は一般市場においてもAIがより身近なテクノロジーになりつつある。そのきっかけの1つが、AIを活用した音声対話が可能なAIアシスタント機能を持つデバイスの普及だ。「Amazon Echo」「Google Home」「Apple HomePod」「Microsoft Invoke」「Alibaba Tmall genie」「Baidu Raven」と、いずれのデジタルプラットフォーマーも非常に積極的である。

 ただし、スピーカー型AIアシスタントだけでは、ユーザーインタフェースが音声に限られる。そのため音声によるアシスタント機能だけでなく、より視覚的に、文字や画像でも情報を提供できるように次の段階への進化が始まっている。

 「Amazon Echo」で先行したAmazonを例にとれば、AIアシスタントデバイスの開発に余念がない。Amazon Echoと「Fire TV」によるテレビ連携をはじめ、2018年6月に3Dスキャンが可能なカメラを搭載した「Amazon Echo Look」をラインアップに追加。2018年9月には、第2世代のディスプレイ付き「Amazon Echo Show」を市場投入した。

 AIアシスタントデバイスは、家庭やホテルなど屋内用途に加え、家電や、スマートフォンといったモバイルデバイス、そして自動車への搭載など、その裾野を広げて行くのは間違いない。

 このような背景もあり、デジタルプラットフォーマーは、自社開発や買収を通じ、いずれもAI分野への投資に積極的である。GAFAが2010年頃からこれまでに買収したAI関連の企業は、Googleが14社、Appleが13社、Facebookが6社、Amazonが5社に上る。