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国家の未来を掛けたAIイノベーション戦略(前編)【第14回】

今井 俊宏(シスコシステムズ イノベーションセンター センター長)
2018年12月10日

 そうした中、AIイノベーションの最先端を走る米国が、国としてのAI戦略を公表したのは、2018年5月と最近のことだ。これは、米国のAIイノベーションが、GAFAに代表されるデジタルプラットフォーマーを中心とした民間主導で発展してきたためだ。結果、AIに関する包括的な国家戦略を打ち出していなかった。

 しかし、中国を筆頭に世界のあらゆる国々がAI戦略を打ち出し、AIを巡る激しい覇権争いが勃発してきたことから、国家としての戦略を公表したわけだ。具体的には、ホワイトハウスで2018年5月に開催した「AI for American Industryサミット」において、米科学技術振興機構(NSTC:National Science and Technology Council)配下に「AI特別委員会」を設置するとした。

AIイノベーションで世界のリーダーを目指す中国

 米国に危機感を与えた要因の1つが、中国が矢継ぎ早に公表したAI国家戦略であることは間違いないだろう。同戦略の内容は注目に値する。2017年7月に公表された「次世代AI発展計画」では、3つの具体的な段階目標を示している。

目標1:2020年までに、AIの技術水準が世界の先進国と並び、AI産業が新しい経済の要となることを目指す
目標2:2025年までに、AI技術とAIに関連するアプリケーション分野において、先進国になることを目指す
目標3:2030年までに、ハードウェア製造、ソフトウェア開発、アプリケーション開発のすべての分野において先進国になり、中国が世界のイノベーションの中心地になることを目指す

 2017年11月には、次世代AI発展計画の遂行を担当する「次世代AI発展計画推進室」を設置。最初に実現すべき4つの重点分野を定め、それぞれの分野に中国のデジタルプラットフォーマーをリード役に選定した。

重点分野1:自動運転 = リード役はBaidu
重点分野2:スマートシティ = リード役はAlibaba
重点分野3:医療 = リード役はTencent
重点分野4:音声認識 = リード役はIflytek

 さらに2017年12月には、次世代AI産業発展を促進する「三年行動計画」(2018年から2020年の3カ年)を公表した。これら一連の政策からは、中国は国を挙げて、人材育成や、投資、民間企業支援からベンチャー育成までの全方位戦略でAIイノベーションを邁進する姿勢が浮かんでくる。

AIスーパークラスターを中心にAI戦略を推進するカナダ

 米国と中国に匹敵する取り組みを進めているのがカナダだ。優秀なAIの研究者を世界中から集め、多くの企業を引きつけ、将来のAI人材を多数輩出しようとしている(図1)。

図1:カナダのAIスーパークラスター

 カナダのAI産業は少数の都市に集中している。中でもAIのスーパークラスターを形成しているのが、トロント、モントリオール、エドモントンの3都市だ。特徴として、(1)AIのパイオニアが多く集まっている、彼らが在籍する大学や研究機関とグローバル企業との連携が進みAIのエコシステムが見事に構築されている、(2)優秀な人材を輩出している、(3)積極的な投資を招き入れスタートアップを起業する環境が醸成されている、などが挙げられる。

 たとえばトロントには、トロント大を中心に、デジタルプラットフォーマーや大手IT企業のAI研究所、AIのスタートアップ企業が多数拠点を構える。トロント大には、ディープラーニングの研究で有名なGeoffrey Hinton教授が在籍する。AI研究所としては、GoogleやUber Technologies、NVIDIAなどが究拠点を設置済み、または、設置計画を公表している。

 トロントに近接するウォータールーも、強力なAI研究センターを誇っており、近接地域のAI研究センターとも密接に連携している。トロントが位置するオンタリオ州では、9つの大学と40近くの民間企業が連携する「Vector Institute」を設立。AI応用研究を推進するほか、AI教育やAI人材育成プログラムを提供するなどで、2023年までにAI関連の修士学生を年間1000人レベルにまで増やす計画だ。

 エドモントンには、カナダのAI創始者の1人であるRichard Sutton教授が在籍し、強化学習の研究をリードするアルバータ大がある。Googleが買収した英DeepMindの囲碁プログラム「AlphaGo」の発展に重要な役割を果たした。トロントやモントリールなどと比べると、マーケットもエコシステムもこじんまりした感があるが、素晴らしい研究実績と主要企業とのパートナーシップを誇っている。DeepMindが英国外で初めてAI研究拠点を開設したのはエドモントンだ。