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  • 会津若松市はデジタル化をなぜ受け入れたのか

予防医療へのシフトを促す会津若松のIoTヘルスケアプロジェクト【第7回】

〜データに基づく市民中心のスマートシティの実像〜

中村 彰二朗(アクセンチュア 福島イノベーションセンター センター長)
2018年5月24日

パーソナルデータの活用には市民が主導権を持つ必要がある

 その意味で本プロジェクトの根幹をなすのが、データを市民(患者)単位に統合する「パーソナルヘルスレコード(PHR)」の考え方だ。従来のようにデータを医療関連機関や健康関連機関の別に、ばらばらに保管するのではなく、カルテ情報や健康診断結果など健康に関わるデータを、市民を中心に一元化して管理する。

 医療行為によって発生・取得できるデータは、限られた時点のデータである。従来のデータ管理方法では、医師は、患者がどのような生活を送ってきたか、診察後どのような生活をし、健康状態がどう変化したかなどを知ることができなかった。そこで、医療情報をライフログと組み合わせ、患者個人へフィードバックしたり健康指導したりすることで、PHRの正確性をより高められる。

 ここで改めて強調したいのは、会津若松市のスマートシティプロジェクト全体を貫く「市民中心」というキーワードだ。市民の健康に関わるデータは、極めてパーソナルなデータである。欧州で2018年5月に施行される「GDPR(一般データ保護規則)やSNS事業者による個人情報の取り扱い問題などにみられるように、パーソナルデータの扱い対しては、これまでになくセンシティブになっている。

 それだけに、その利活用にあたっては市民一人ひとりが主体者となって主導権を持つことが重要である。それぞれのオプトイン(事前に利用者の承諾を得ること)によって、利活用が許可されたデータが集まることが最も望ましいモデルであり、会津での取り組みにおいて目指す姿でもある。

データ活用が今後の医療発展にもたらす示唆

 利活用が認められたパーソナルヘルスレコードは、市民や医療機関、そして社会に、どのようなメリットをもたらす可能性があるのだろうか。それぞれに次のようなメリットがある。

市民にとってのメリット:データ提供者である市民には、パーソナライズされた分析後の情報がフィードバックされることで、食事や運動保険制度など、市民それぞれを主体とした健康生活の実現に向けた情報が入手でき、健康長寿で楽しい人生を過ごせるようになる。

医療機関にとってのメリット:オプトインで得られた患者(市民)のデータをいつでも見られるようになり、患者に対し適切なアドバイスを必要な時に提供できるようになる。突発的なことが起きた場合でも、その患者のPHRから過去の医療履歴が分かるため、適切な処置が施しやすくなる。救急体制と連携すれば、さらに強固な体制が築ける。

社会に対するメリット:医療データにライフログまで統合されたデータは、日本の創薬発展や、医療行為全体の発展に寄与する可能性がある。

 画餅ではないかと疑う向きがあるかもしれない。だが、会津のスマートシティプロジェクトが参照モデルにしている、デンマークの「メディコンバレープロジェクト」では、上記のようなメリットがすでに実現されている。具体的には、データ提供者である国民は、医療費が一生無償であるうえに、データを活用したさまざまな健康サービスを享受することで、健康に不安を抱えることが少なくなっている。

 そのためのPHRとして、メディコンバレーでは、出生直後にマイナンバーを振り、DNAを採取し、一生の医療データを一元的に管理している(図3)。そのデータを活用するために多くの研究機関が集積し、医療発展に寄与しているのである。

図3:デンマークのメディコンバレーにおける医療情報のオープンデータ(規制緩和後)