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  • 会津若松市はデジタル化をなぜ受け入れたのか

「モデル化」と「協働」で進んできた会津若松市のデジタル化(前編)【第26回】

会津若松市長 室井 照平 氏に聞く8年間の成果

中村 彰二朗(アクセンチュア・イノベーションセンター福島 センター長)
2020年3月26日

中村  その後、行政の世界に入られるわけですが、地域の社会課題をどのように認識されていましたか?

室井  私は当時から市民の皆さんとの「協働」を掲げています。少子高齢化も現在ほど顕在化しておらず、わずかながらバブルの名残がありました。当時はIT活用にも、さまざまな方々がチャレンジしていましたが、必要な機器や通信環境もまだまだそろっておらず、なかなか形にするのは難しかったですね。

中村  地域にそうした人々や活動がくすぶっていたのですか。市議時代のご実績として、市庁舎内の情報化推進やメール活用、情報公開などがあります。

室井  情報化は有効なツールです。市役所から消防団へメールで連絡するといったことを提案したり、自分のWebサイトを立ち上げてBBS(掲示板)でパブリックコメントを募集するといったことにチャレンジしてみたりしました。BBSでは「なりすまし」などもありましたので、「利便性」と「怖さ」をバランスよく理解できました。

 「パソコン研究会」というプライベートなサークル活動があって、メンバーが販売管理システムや会計事務所のシステムなどを試していました。当時はPC本体も非常に高価で、デスクトップ機本体に、ワープロと表計算のソフト、ドットインパクトプリンターを一式そろえると100万円以上した時代です。

 私は好奇心が旺盛なのでしょうね。今は手元ですぐに調べ物ができるので本当に便利になったのですが、「市長はスマホばかり触っている」と言われたこともあります。有識者の方々とお会いする機会が多いので、その機会を大切にして最新情報を仕入れるようにしています。

中村  なるほど。「会津若松のデジタル化」の原点には市長の強い知的好奇心があったのですね。

「モデル化」「体系化」が行政のデジタル化を推進

中村  市長に初当選されたのは2011年8月です。そこから会津若松市のデジタル化と地方創生が始まりました。

室井  私の頭の中には、少子高齢化対策が常に中心的なテーマとしてありました。「デジタルは地方創生の基盤になる」「ITはツールとして使える」と考えていたときに、アクセンチュアをはじめとして、さまざまなIT関連企業とお会いしました。アクセンチュアはプロジェクトマネジャーとして、デジタル化における“あるべきモデル”の策定と体系化に協力いただきました。

 このときの「体系化」と「モデル化」なくしては、現在の会津若松市のスマートシティは実現しなかったといってもよいでしょう。

中村  民間提案を受け入れる自治体が増えていることは大変にいいことですが、全体像が「モデル化」されておらず、バラバラのサービスを個々に運用して苦労されているケースも多いです。最近はモデル化の重要性に多くの自治体が気づかれており、そのモデル設計をお手伝いする機会が増えています。

室井  首長としては、標準化と自らの自治体に最適なモデルはどうあるべきかを考えることが大切な仕事だと思います。デジタルガバメントのための仕様統一の動きが出てきており、社会的な潮流は、この方向性へ向かっています。

中村  室井市長は「デジタル化の本質」を理解されていますし、会津若松市役所は「デジタライゼーションを理解している人材」を情報政策課に集約するのではなく、各部課に配置している。デジタルを活用して課題を解決することが当たり前になってきたことは非常に大きいですね。

 デジタライゼーションの推進には、自治体の首長による現場をサポートするリーダーシップと、現場職員とともに考え実行する体制づくりが重要です。会津若松市では、市長と職員のみなさんが意図や狙いを共有して情報政策を進められていると感じます。

 室井市長は成長産業として「ITの時代」の到来も予見されていました。どんな取り組みも将来予測がなければ着手できません。既存産業にITを取り入れて生産性を高め、産業振興を経て少子化などの問題解決につなげる。そこまでを見据えた「アンテナ」が立っていることが重要ですね。

 近視眼的に個々の施策だけを評価するのではなく、「全体の生産性が上がればIT投資は回収できる」という発想だといえます。

職員のモチベーションを高めるリーダーシップが重要

室井  種々の取り組みにおいては、「実際にやってみればわかる」ことはたくさんあります。やってみて「壁にぶつかる」という経験をすれば、それは学びになり、新しい発見が得られます。いろいろな実証を行うことは関係者全員にとって大きなプラスになります。

 庁内の部長級会議で「検討継続」という結論になった際も、私なりに情報を整理し、総合的に判断して「できる」と確信を持って決断したうえで、職員に「やろう」と宣言した場面もあります。

 同時に、職員や関係者の「やりたい」という気持ちを押さえつけることもありません。庁内で公募すると、どんどん手が挙がります。トライアル&エラーを重ねることが「次はもっとうまくできる」ということにつながります。

 モチベーションを引き上げることが大切ですし、失敗によるロスを上回る情報や経験、知識を獲得できれば、その投資は十分に回収できたともいえます。

中村  そうした市長の考えが職員のみなさんにも伝わっているように思います。小さな壁にぶつかることをリーダーが許容する。だから現場は未知のことに挑戦できる。

 基幹系システムの構築なら、その目的は明確で、仕様と期間と予算を決めてRFP(提案依頼書)を出し、ベンダーを選定するだけです。スマートシティプロジェクトはRFPがない世界です。これまでとは全く違う世界観で仕事をしなければなりません。誰もが手探りで苦労し、PoC(概念実証)も不可欠です。

 後編では、実際に会津若松市で進んでいる「協働」の具体例や、地方創生の現場における最前線の取り組みについてうかがいたいと思います。

中村 彰二朗(なかむら・しょうじろう)

アクセンチュア アクセンチュア・イノベーションセンター福島 センター長。1986年よりUNIX上でのアプリケーション開発に従事し、オープン系ERPや、ECソリューション、開発生産性向上のためのフレームワーク策定および各事業の経営に関わる。その後、政府自治体システムのオープン化と、高度IT人材育成や地方自治体アプリケーションシェアモデルを提唱し全国へ啓発。2011年1月アクセンチュア入社。「3.11」以降、福島県の復興と産業振興による雇用創出に向けて設立した福島イノベーションセンター(現アクセンチュア・イノベーションセンター福島)のセンター長に就任した。

現在は、震災復興および地方創生を実現するため、首都圏一極集中からの機能分散配置を提唱し、会津若松市をデジタルトランスフォーメンション実証の場に位置づけ先端企業集積を実現。会津で実証したモデルを「地域主導型スマートシティプラットフォーム(都市OS)」として他地域へ展開し、各地の地方創生プロジェクトに取り組んでいる。