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  • デジタルシフトに取り組むためのソフトウェア開発の新常識

デジタルシフトに向けた新たなエコシステムの構築へ【第7回】

梶原 稔尚(スタイルズ代表取締役)
2019年3月27日

本連載連載では、従来型のウォーターフォール開発と対比しながら、デジタルシフトに適したアジャイル開発の流れや契約方式についてお話して来ました。今回は、日米の差異として指摘されることが多い「ユーザー会社におけるソフトウェアの内製開発」について考えてみます。ソフトウェア開発力の差がビジネスの成長力の格差に直結してしまうのではないかという大きな懸念がある中で、グローバル競争に直面する日本企業は、ソフトウェア開発にどう取り組むべきなのでしょうか。

 日本では、IT技術者の70%がITベンダー、しかも、その多くはシステムインテグレーター(SIer)または、彼らから開発業務を引き受けるソフトウェア会社などに所属しています。これに対し米国では70%がユーザー企業に所属しています。この構造的な対比は、以前からよく指摘されてきました(図1)。

図1:IT技術者の所属先の日米比較

 結果として日本企業の情報システム部門の多くが、少ない人数と技術力不足によって、ITベンダーへの要求の整理と発注業務を担うだけという限定された役割に押し込められてしまい、実質的にITベンダーに支配される状態に甘んじざるを得ないのが実状です。

 一方、情報システム部門から発注を受けるSIerは、工数ビジネスによって今も膨大な売り上げを維持しています。ウォーターフォール型のプロジェクトのたびに、大量の技術者をソフトウェア開発会社から集めてくるという“多重下請構造”によるビジネスモデルを止めようとはしていません。まだ十分に機能している自らのビジネスモデルを破壊するはずがないのは当然のことです。

労働市場の流動性の低さは本質的な問題か?

 こうした構造的な問題が起こる原因として、日本における労働市場の流動性の低さを指摘し、その“改善”を訴える声も少なくありません。ここでの改善とは、終身雇用時代の労使契約を脱し、企業が従業員を解雇できる制度の確立です。

 IT業界でいえば、SIerは、一時的なプロジェクトのためだけにIT技術者を雇用しづらいユーザー企業に代わって人材をプールしているのであって、雇用の流動性が高まれば、この状況は解消できるはずという議論です。

 しかし筆者は、これが本質的な問題であるとは思えません。同様の指摘をする記事もあります。たとえば、デービッド・アトキンソン氏の『「社員を解雇する権利」求める人が知らない真実』です。同氏は、元ゴールドマン・サックスの腕利きコンサルタントであり、現在は日本の文化財などの修理を手がける小西美術工藝社の社長を務めています。

 この記事でアトキンソン氏は、World Economic Forumがまとめた『The Global Competitiveness Report, 2017-2018』から具体的な数値を引用しながら、解雇規制と生産性の相関関係は低いと指摘しています。確かに解雇規制は第113位と低いのですが、労働市場の効率性は世界第22位と決して低くはありません。米国の第3位と比較すると確かに低いのですが、ドイツの第14位やフランスの第56位を比べれば、決して悪い数字ではないようです。

 筆者は、欧米におけるIT技術者の雇用や解雇について詳しい知識を持っているわけではありませんが、日本の大手SIerが解雇規制を強く求める背景には、ウォーターフォール型の開発スタイルが前提にあると考えます。

 つまり、ウォーターホール型のためプロジェクトは一時的に大規模になり、大量の技術者が必要になります。しかし、プロジェクトが終了すれば、すべての技術者が必要というわけではありません。ですので、必要なときにだけ直接雇用し、プロジェクトが終了すれば解雇できるようになれば、人材の流動性は高まり多重下請け構造を解消できるというわけです(図2)。

図2:ウォーターフォール型の開発における人材の必要性

 しかし、今日の日本において、数年で解雇されることが明らかな企業からのIT技術者の募集に対し、優秀な技術者が積極的に応募するとはとても思えません。ましてやIT技術者不足によって転職市場が活発な状況では、とても現実的な解決策にはならないでしょう。この点はアトキンソン氏の記事でも指摘されています。