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  • 本当にビジネスの役に立つSAP流デザインシンキングの勘所

ビジネス現場においてデザインシンキングが向いている課題とは【第3回】

原 弘美(SAPジャパンソリューション統括本部イノベーションオフィス部長)
2019年2月6日

デザインシンキングは消費者向け企業専用ではない

 デザインシンキングについて、よくあるもう1つの質問が、「最終消費者向けの製品やサービスを作っている企業だけでしか活用できないのでは?」というものです。

 こうした質問が出る理由の1つは、「ペルソナ(対象ユーザーを代表し、典型的な特徴を持つユーザーとして定義する架空の人物像)」や「カスタマージャーニーマップ(ペルソナの行動や思考、感情などの変化過程を可視化したもの)」など、消費者や消費者の体験を想起させるツールがデザインシンキングで利用されることが比較的知られていることにあります。

 また、手法を理解するための教育現場において、分かりやすさを優先する結果、消費者や個人の体験をデザインするというテーマが設定されやすいことも要因と言えそうです。

 しかし、先に見てきたとおり「時代に合った働き方を実現する」といったような、顧客接点と無関係なトピックにおいても、デザインシンキングの手法は活用できます。

 たとえば「装置産業のメンテナンス業務において、ベテランから若年層へ知識をうまく継承するにはどうすればよいか」という課題を考えるならば、ペルソナにはベテラン作業者や若年作業者などを設定できます。

 バリューチェーンの上流に位置する素材産業の企業が、新しいビジネスのあり方を描く際にデザインシンキングを用いることもあります。あるドイツの素材メーカーでは、同社の素材を利用する自動車メーカーなどとともに、将来のモビリティ世界がどのようになっていくかについて、デザインシンキングのアプローチで取り組んでいます。

 自動運転が普及すれば将来、自動車という製品のユーザーは、それを運転するドライバーではなくなるでしょう。クルマに乗るだけの人が、新たな顧客になるかもしれません。

 そういった顧客に、どのような価値を提供すればいいのかを考える際には、 既存の仕組みを一旦脇におき、焦点を当てるべきユーザーの視点から議論を進めたうえで“あるべき姿”をビジュアル化していく必要があります。デザインシンキングの手法は、将来ビジョンを共有すべき仲間との議論に向いているのです。

 ただし、こういった議論の際には、デザインシンキングだけではなく、未来の事象について想定を加えるための別の手法を混ぜて利用することが多く見られます。

日本でも異業種が協力し未来をデザインする動きがある

 こうしたデザインシンキングの活用は、日本でも始まっています。小松製作所(コマツ)、NTTドコモ、SAPジャパン、オプティムの4社が協業して設立したLANDLOGが、その1社です。

 「建設生産プロセスに革命を起こそう」と立ち上げたLANDLOGに参加している企業の間には、元請けや下請けといった上下の関係性はありません。フラットな関係性の中で、旧来の建設業のあり方を変え、将来の建設業の姿をデザインしようとしているのです。

 建設現場や施主にとっての本当の利益とはいったいどんなものなのか。それを従来のビジネスの枠を越えて複数社が手を組み、デザインシンキングで考え、自らを破壊的に再構築しようと取り組んでいます。

 独SAPも、先の素材産業のように、企業向けビジネスを展開する企業ですが、デザインシンキングを世界中の拠点で推進し活用しています。SAPのユーザー企業の先には、それぞれの顧客が存在し、その顧客に企業がどういう価値を提供できるのかを理解したうえで、製品の機能などを開発・提供する必要があるからです。

 日々、デザインシンキングのアプローチで新しい機能や製品を開発しており、その結果の1つが、インメモリーコンピューティング・プラットフォームの「SAP HANA」です。

 業界の枠を越え、新たなプレーヤーがデジタルテクノロジーを駆使し、突然に新しいビジネスモデルで市場参入してくる。そういう時代にあって、デザインシンキングの活用シーンが存外広いことに気づかれたのではないでしょうか。

 次回は、実際にデザインシンキングを企業の中に取り込むには、どのようにすれ良いのかについて、いくつかのアイデアを紹介したいと思います。

原 弘美(はら・ひろみ)

SAPジャパンソリューション統括本部イノベーションオフィス部長。Hasso Plattner Institute D-School認定デザインシンキング・コーチ。SAPジャパンでは、ハイテク業界、食品消費財業界、製薬業界への製品展開、日本向け機能の開発、顧客提案支援などに従事。ビジネスプロセスマネージメントやマスタデータ管理などの顧客提案担当を経て、SAP が対外的にDesign Thinking with SAP を展開しはじめた2013 年より、SAPジャパンにおけるDesign Thinkingの展開、顧客提案における活用を推進。2016年よりSAPアジア・パシフィック地域Design Thinking with SAP リードも兼任。中央大学法学部卒業。