• Column
  • 本当にビジネスの役に立つSAP流デザインシンキングの勘所

ビジネスパーソンに「デザイン」は必要か?【第6回】

原 弘美(SAPジャパンソリューション統括本部イノベーションオフィス部長)
2019年5月8日

本連載では、デザインシンキングとはなにか、デザインシンキングはビジネスの現場でどのように活用できるか、デザインシンキングの活用を一時期のブームに終わらせず企業内に根付かせるためになすべきこと・避けるべきことはなにか、について紹介してきました。連載の最後として今回は、個人にとってのデザインシンキング活用の意義について考えてみましょう。

 「車を1台も持たないタクシー業者」「不動産を1つも持たないホテル業者」−−。米Uber Technologiesや米Airbnbを表現する際に、このような言い回しを使うことがあります。しかしUberは、出前サービスの「Uber Eats」などへと、その事業を拡大しています。上記と同じ表現方法を使うなら「キッチンを1つも持たない飲食業者」にもなったわけです。

 こうした企業は、業界を次々に侵食し、既存ビジネスに挑戦を仕掛けているかのように見えますが、実際に彼らが取り組んでいるのは「誰をどんな状態にしたいのか?」という問いを常にアップデートし、解き続けるということです。結果的に、業界の慣習を破り、業界の枠を越えた活動を展開しているのです。

 このように「誰をどんな状態にしたいか?」という問い、つまり、利用者からみた提供価値を基準にした考え方が、盛んに用いられるようになったのが現代です。一例としてモビリティサービスを挙げてみましょう。

ディスラプターは業界の定義をデザインしている

 モビリティサービスは、A地点からB地点まで便利に、快適に移動することそのものを提供価値ととらえた分類です。その提供方法は「Uber」や「Lyft」「Grab」といったライドシェアサービスでも、タクシーでもバスでも、あるいは、これらを複合したものでも構わないとする考え方です。言い換えれば、バスやタクシー、電車という価値の提供方法(How)ではなく、提供価値(Who、What & Why)に焦点を当てた分類です。

 利便性を提供価値と考えた場合、どのような機能が必要でしょうか。「乗りたいときにすぐ乗れる」「支払いが簡単である」「経費精算に必要な情報や領収書が簡単に手に入る」などでしょうか。快適性を考えれば「不案内なところでも安心して利用できる」「ドライバーの受け答えの感じが良い」も入るでしょう。

 これらの利用価値は、利用者の視点からみれば、必要な機能がより明確に把握できるようになります。たとえば利用者がオリンピックを楽しみにきた海外からの観光客であれば、利便性と快適性を保つ機能には何が必要でしょうか。老齢の旅行者だった場合はどうでしょう。

 このようにしてあぶり出された必要機能から、最小限の投資で、定めた提供価値を最大限に成立させる仕組みを見極めて市場に問う。それをスピーディーに市場にサービス展開し、成功してきた企業が「ディスラプター(破壊的イノベーター)」として認知されているのです。

 社会構造の変化や技術の革新により、必要とされる能力やニーズ、言い換えれば提供される価値に対する期待内容や期待値は、早いスピードで変わって行きます。

 にもかかわらず、タクシーや飲食業といった業界の枠に囚われた思考から出発してしまえば、現在のサービスのあり方や提供方法から抜け出し思考することは難しくなります。さらに、業界というくくりには、それぞれルールや慣習があり、それらと距離をおいて考えを発展させることは、さらに難しくなります。

 伝統的な業界に属する人も、あるいは、その業界に挑戦を仕掛ける側も、従来の常識にとらわれず、提供価値の最大化に向けてデザインしていく能力こそが求められていく時代だと筆者は感じます。