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  • 本当にビジネスの役に立つSAP流デザインシンキングの勘所

企業レベルでデザインシンキングを定着させるには【第4回】

原 弘美(SAPジャパンソリューション統括本部イノベーションオフィス部長)
2019年3月6日

「夏の日の思い出」現象

 「夏の日の思い出」とは、ボトムアップな取り組みの対極に位置する例です。デザインシンキングという言葉が流行してくると、トップからの号令で「とりあえずやってみよう」と考える企業が増えてきました。この流行から数年たった昨今、出くわすのが「デザインシンキング?ああ三年前の夏に、やったね」といった反応。かつて大々的に実施したものの、その後活用されていないケースです。

 「やってみないとわからない」からと、テーマを設定し、人を集め、体験してみる。トップの意を受けて取り組みを推進するメンバーは、オブザーバーとして議論を外から眺めています。往々にして、デザインシンキングの手法を理解することに主眼があり、話し合った解決策に対しアクションが伴うことは稀です。結果、集められて参加したメンバーにすれば、議論の中身が良ければ良いほど、その分だけの虚しさが残るのです。

 デザインシンキングを理解する早道は、自分で経験することです。この場合、主催者自らが参加し、課題の中心にいる人に焦点を合わせ、共感を用いて考えることと、遊びの要素を取り入れること、メンバーに多様性をもたせることの意義を体感することが重要です。そしてそれを会議室の外、つまり普段の仕事の中に、どれだけ取り込めるかを考えるのです。

 トップがデザインシンキングの活用に期待するのは、イノベーションを生み出せる企業体質への変革に役立つことです。決して新しいワークショップツールの導入ではないはずです。

 ところが、この種の取組では結局のところ、議論に用いられる手段そのものに目がいきがちであり、ワークショップツールとしての評価にとどまってしまうことが多いのです。そしてついには、思い出の1ページを彩った過去のイベントとして色褪せて行くのです。

「ジーパンTシャツの奴らに任せておけ」現象

 ジーパンとTシャツは、米シリコンバレーに働く人達のカジュアルな服装を指し、「ジーパンTシャツの奴ら」とは、企業におけるシリコンバレー的存在であるイノベーション関連部門や新規事業担当組織の暗喩です。

 多くの企業の常識は、「検討は会議の中で行い、会議は会議室の中で行われるもの」です。これに対しデザインシンキングの常識は「検討はフィールドに出て、オープンスペースで、工作室で、動的に、開かれた環境で行う」です。従来とは異なる常識を組み込むのは難しいと考える企業が多い中、よく見られるのが新規事業担当やイノベーション担当部のような組織だけが、これを取り入れることです。

 会社の屋台骨を支える既存事業に従事する人々が、イノベーション担当部門に所属する人を複雑な思いで眺め、隔たりを感じているという状況をよく見かけます。そして、その隔たりの向こう側にデザインシンキングがあり、「デザインシンキングは彼らのもの、俺たちには無関係」と感じてしまう状況もまた、よく見かけられるのです。

 これらの他にも「俺のシマを荒らすな」現象や「ダチョウ倶楽部」現象(「どうぞどうぞ」というネタから借用)などがあります。前者は、既存事業に関連するビジネステーマを選んだにもかかわらず、関係者の巻き込みや事前の段取りがうまく行われなかったがゆえに軋轢が起こってしまうケース。後者は、当事者意識が薄いメンバーを中心に検討したため実現化は“誰かにお任せ”と丸投げしてしまう例です。

 このように、デザインシンキングという名前のキャッチーさを拠り所に推し進めたイノベーション導入活動が頓挫する例は、いくつもあります。そして、それらの活動が「デザインシンキングは当社に合わない」「デザインシンキングを導入したけれど効果がなかった」という感想と共に振り返られているケースを見ることは大変に残念です。