- Column
- 本当にビジネスの役に立つSAP流デザインシンキングの勘所
企業への定着に必要な「もう2つのP」とは【第5回】
個人ではなく集団の知恵で解決する
デザインシンキングの適用に向けては、敷居が高いと感じる人もまだ多いことでしょう。イノベーションのテーマと一緒に語られることが多いのが一因ではないでしょうか。しかしこれまで述べてきたように、デザインシンキングは日々のビジネス課題での活用できるのです。
たとえば、契約のチェック業務に携わっている人であれば、自分のカスタマー(その仕事の受益者である営業担当者)は誰か、その人のさらに先にいるカスタマー(その営業が担当しているお客様)は誰か、を考えます。それぞれの立場に共感したとき、どういうやり方が望ましいかを組み立て直してみるのです。
普段やっている業務を“リデザイン”する気持ちを常に持つこと、そうした人材を増やすことは、その企業がアップデートされ続ける可能性につながります。誰かが号令をかけずとも、自律的に生まれ変わる。新陳代謝が高く、若さを保てる企業の状態が作れるのです。
これが実は、まさにSAP社内で起きていることです。所属部門にかかわらず、デザインシンキングを実践しているのです。
プラットナー氏がポツダム市に設立した「ハッソ・プラットナー研究所(HPI))に付属する「School of Design Thinking」の学長であるウルリッヒ・ヴァインベルク教授は、自著『Network Thinking』において、個々人の知的レベルを意味する「IQ(Intelligence Quotient)の時代」から、集団としての知性である「WeQ(We Quality)」が問われる時代がやってきたと説いています。
インターネットを活用した集合知の活用は、21世紀に急速な進化を遂げた領域の1つです。そこでは、個々人の知性を高めるだけではなく、異なるバックグラウンドを持つ人々がつながって未知の問題を解決し、新たな解決方法を導き出せるように、より良く知性を発揮できるための手法、すなわちWeQを高める手法が必要だと主張します。そして、集団による課題発見や解決策の創出、合意形成に適した方法として、デザインシンキングの活用を提唱しています。
WeQを高めること、そのためにデザインシンキングという新しいソフトスキルを従業員ひとりひとりが身につけることにより、企業のイノベーションのための基礎体力も養われると、著者も信じています。
定着させるための“仕組み化”が不可欠
デザインシンキングの活用を企業が促進するために、デザインシンキングの“コーチ”を企業内に育て、誰もが活用できるような仕組みを作ることを推奨します。そうした取り組みに貢献する人材を評価する仕組みや組織づくりも検討するのがいいでしょう。
デザインシンキングの導入・定着に成功している企業はいずれも、選抜された何人かを教育コースに参加させて終わるのではなく、それを仕組み化し、継続的な動きに発展させています。
SAPのユーザー企業である独ダイムラーは、自社のイノベーション展開手法にデザインシンキングを取り入れ、新たなカルチャーの育成・展開を図っている1社です。同社は、デザインシンキングとは別に「Stella」という名称を用意し自社仕様として展開しています。ダイムラーのやり方は、より優れていると筆者は感じます。
なぜなら未来には、その時代にあった課題発見・課題解決の手法が生み出されるかもしれないからです。自社仕様であるならば、新たな手法を取り入れアップデートしてゆけば良いのです。企業内での展開では、将来に向けた継続性や、従業員が一貫性を持った取り組みとして親しんでもらうための、こうした工夫も必要でしょう。
次回は、ビジネス人材とデザインシンキングについて考えます。
原 弘美(はら・ひろみ)
SAPジャパンソリューション統括本部イノベーションオフィス部長。Hasso Plattner Institute D-School認定デザインシンキング・コーチ。SAPジャパンでは、ハイテク業界、食品消費財業界、製薬業界への製品展開、日本向け機能の開発、顧客提案支援などに従事。ビジネスプロセスマネージメントやマスタデータ管理などの顧客提案担当を経て、SAP が対外的にDesign Thinking with SAP を展開しはじめた2013 年より、SAPジャパンにおけるDesign Thinkingの展開、顧客提案における活用を推進。2016年よりSAPアジア・パシフィック地域Design Thinking with SAP リードも兼任。中央大学法学部卒業。