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  • 本当にビジネスの役に立つSAP流デザインシンキングの勘所

企業への定着に必要な「もう2つのP」とは【第5回】

原 弘美(SAPジャパンソリューション統括本部イノベーションオフィス部長)
2019年4月3日

「3つのP」だけでは足りない

 第1回で、デザインシンキングの構成要素として「PEOPLE(人)」「PROCESS(プロセス)」「PLACE(場所)」の「3つのP」を紹介しました。企業がデザインシンキングの価値を得るには、この3つのPが重要です。

 しかし、イノベーションが起こりやすい企業風土を作るためにデザインシンキングを導入するという場合には、「もう2つP」が足りないと筆者は考えています。もう2つのPとは何でしょうか。

 その1つが「PASSION(パッション)」です。ここでいうパッションとは、解決策を提示し、それを実現したいと強く願い、多少の困難があってもやり抜くという情熱のことです。

 特に導入の初期段階では、このパッションを持つ人材と、デザインシンキングを活用したプロジェクトを結びつけ、自社での適用事例を作ります。どんな小さな事例でも、自社での事例は従業員に勇気を、そして自らが適用するためのヒントを与えます。

 デザインシンキングの導入において、実践者が最初に戸惑うのが徹底的な現場主義の考え方です。課題が発生している現場に赴き、課題を取り巻く状況や人に徹底的に共感(エンパシー)を持ち課題を“自分ごと化”しなければなりません。

 共感は、課題の“自分ごと化”をうながし、パッションを持ちやすい環境を生み出します。状況を頭で理解して「同情(シンパシー)」するのに比べ、深い共感は課題解決に向けた行動を生み出しやすくします。

 パッションを持つ人材は、課題の中心にいる人達への強い共感を持ち、それに向けて活動したいという意欲を持つ人材であり、困難な最初の1歩を、勇気をもって踏み出します。デザインシンキングが大事にする強い共感や、実践から学ぶ姿勢を体現する人たちでもあるのです。

 こうした人材を活用しながら、いくつかの自社事例を作ることで、「どこかの会社がやっている新しい手法が導入された」というモードから、「自分たちの仲間がやっている自社の手法」というモードに、意識を切り替えることができます。この切り替えが、企業における導入成功の重要なステップなのです。

「やってみなはれ」の仕組みがチャレンジを可能にする

 そして、もう1つのPは「PATRON(パトロン)」です。イノベーションの実践とは、それまでにやったことがないことに取り組んだり、今までとは異なる方法を用いてみたりすることを指します。当然、軋轢や反発が起こります。こうした環境を乗り越えていくためのパッションに加え、それを遠くから見守るパトロンがいることで、イノベーションの活動は持続的なものとして定着する可能性が高まるのです。

 NHKの朝の連続ドラマ小説『マッサン』では、酒造メーカーのトップが「やってみなはれ」というフレーズを繰り返し用い、チャレンジする気持ちを後押しする場面が出てきました。このように新しい動きを面白がって支援してくれるスポンサーがいれば、失敗を恐れず、新しい取り組みに挑戦できるのです。

 SAPの取り組みにおけるパトロンの象徴といえば、デザインシンキングをSAPに持ち込んだ創業者のハッソ・プラットナー氏です。今では彼の「やってみなはれ」の気持ちを現す仕組みが「社内起業家プログラム」として提供され、従業員なら誰でも参加できます。

 社内起業家プログラムでは、世界中から、さまざまなアイデアが寄せられ、審査されます。選ばれたアイデアは事業化に向け、スポンサーや技術者、メンターによる支援を受けられ、その進捗や業績が四半期ごとに確認されます。継続困難になればプロジェクトは中止され、メンバーは解散になりますが、挑戦者が仕事を失うことはなく、元にいた職場に戻れるのです。

 イノベーションを誰かのものでなく、自分のもの、身近なものにするために仕組みを導入し定着させる。これは、変わろうとしている会社の意志を示し、はっきりとしたメッセージとして従業員に伝わります。