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ライオン、企業文化とデジタルの化学反応から新たな“幸せ”をもたらす価値を創出

志度 昌宏(DIGITAL X 編集長)
2019年1月25日

 今回展示する成果の1つが「口臭ケアサポートアプリ」です。スマートフォンで舌を撮影するだけで口臭リスクを判定する仕組みです。これまでも口臭の研究は続けてきましたが、その蓄積を基に、ヘルスケア分野のスマホアプリの開発などを手がけるエムティーアイと、富士通クラウドテクノロジーズのAI(人工知能)による評価アルゴリズムを組み合わせて開発しました。

ライオン 研究開発本部イノベーションラボ所長の宇野 大介 氏

 口臭はとてもナイーブな問題です。当社の調査では、30~40歳代の7割の人が口臭に不安を感じています。加えて他者の口臭に対しては「口臭に自ら気づいてほしい」とする回答が予想以上に多かったのです。つまり、人の口臭は気になるものの、それを指摘することは心理的にはばかられるということです。この悩みは、口臭に効くハミガキを提供するだけでは解決できません。

 口臭ケアサポートアプリは現在、実証実験段階にあり、事業化も見据えています。たとえば、買い物に出かけたら店員の口臭が気になり何も買わずに帰ったとすれば、企業にすれば売上機会の損失です。レストランやスポーツクラブなど接客が必要な多様なシーンで必要とされると考えています。

−−オーラルケアのデジタル化といえば、IoT歯ブラシなどが知られています。

 当社も、センサーを搭載したIoT歯ブラシには興味があります。しかし、イノベーションラボが重視しているのは、顧客体験価値が提供できるかどうかであり、そのためには全方位で開発に取り組みます。デジタルテクノロジーも、それがお客さまの悩みの解決に直結するならば採用しますが、それに固執する訳でもありません。

 ただし、デジタルテクノロジーによって解決のための選択肢が広がったことは事実です。デジタル領域は変化が速く、当社の研究開発の本流である実証実験系の世界と比べれば変化のスピード感が全く異なります。たとえばドローンなども、これほど短期間に普及するとは、想像もできませんでした。

デジタル技術を主体的に使いこなす

 だからこそ、デジタルへの期待も大きいのですが、半面、技術は後からついてくるとも感じています。大切なことは、デジタルで何をしたいかを具体的に思い描くことではないでしょうか。

 今後、あらゆるものがデジタル化されるはずですが、それに振り回されると大切なものを見落としかねません。デジタル技術を主体的に使いこなすことが重要だと自身を含めて言い聞かせています。これはデータの扱いも同様です。何を目的にデータを集めるのかを常日頃から気にかけていなくてはなりません。

 デジタルへの対応では、こうした意識変革が少なからず求められます。イノベーションラボのスタッフも当初はみな戸惑っていましたが、この8カ月間で考えが徐々に、しかし着実に浸透してきています。

−−今後の開発によっては既存商品が不要になったりしませんか。

 不確定な部分はありますが、それはお客さまの選択の結果次第です。歯磨き一つとっても、デジタル化でハブラシが不要になるかもしれませんが、それでも「歯は手で磨きたい」と望む人が全くいなくなるわけではないでしょう。そうした中で意図的に商品を減らすことはありません。むしろデジタル化で追求するのはお客さまへの提案内容の多様性です。

 ライオンはオーラルケア用品で広く知られる企業ですが、イノベーションラボではオーラルケアだけに絞ることは全く考えていません。中期経営計画で掲げたヘルスケア領域で事業を拡大できれば、社会の役に立てる場面も広がります。

 ヘルスケア領域には、多くの企業が参入を狙っています。ライオンとしては、新たな領域は攻め、強みであるオーラルケア領域は守りつつも攻める。デジタル化に伴い戦いも別次元になり競争は激しくなるでしょうが、強みは死守しつつ新たな飛躍につなげていきます。