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- スクラムで創るチームワークが夢を叶える
変革のスピードを高めるリーダーの仕事は“信念”をメンバーに伝えること【第5回】
新型コロナウイルスの影響で企業を取り巻く環境は激変している。新型コロナウイルスへの感染が収束するまでスクラムの導入を見合わせる企業もいれば、変革の歩みを止めない企業もある。むしろ、新型コロナウイルスが巻き起こす複雑性に対処するためにスクラムの導入スピードを速めているようだ。企業において、スクラム組織への変革のスピードに差をもたらすものは何だろうか?
「スクラム組織への変革スピードに差をもたらすものは何だろうか?」――。こうした質問への解を導いてくれるのが、リーダーシップに関する人気コンサルタントであるサイモン・シネック氏のTED Talk『優れたリーダーはどうやって行動を促すか』だろう。
サイモン氏は、人を動かすリーダーや企業の行動に「ゴールデンサークル理論」を提唱し、「WHY(なぜ)」すなわちリーダーや企業の信念の重要性を説いている。同氏の考え方やゴールデンサークル理論を筆者がスクラム開発に適用すれば、上記の問への解は、こうなるだろう。
「私達は誰でも、自分と同じ信念を持っているリーダーと仕事をしたいと願っている。だから、組織を変革したいと思っているリーダーは、なぜ自分の組織をスクラム組織にしたいと思っているのか、その信念をまず、メンバーに伝えなければならない。リーダーの信念をメンバーも信じることができれば、スクラム組織への変革の成功率は高い」
多くのリーダーは成果目標にフォーカスしがち
これに対し多くのリーダーは、自分の信念ではなく、「スクラムを通じて、どういう結果を組織にもたらしたいか」にフォーカスしてしまう。そうしたリーダーは、なぜスクラムを開始するかについて次のように説明しがちだ。
「テクノロジーや顧客のニーズの変化に対応するために、我々もアジャイル開発に取り組む必要があります。そのやり方がスクラムです。スクラムを採用すれば、生産性だけでなく、皆さんのやりがいもあがります。では、みなさん、スクラムを始めましょう」
この説明ではまず、最終的な成果目標(WHAT)が語られ、次に、そのやり方(HOW)が語られている。リーダー自身の信念(WHY)は語られていない(図1)。語られたとしても最後になることが多い。こうしたリーダーの説明を聞いて皆さんなら、スクラムを始めてみたいと思うだろうか?
筆者なら、きっと思わない。多くのメンバーもまた、「リーダーがまた流行りの経営手法に飛びついた。だが普及しないうちにまた別の経営手法を導入するに違いない」と冷めた目で見ることになりそうだ。
WHY、HOW、WHATの順番が非常に重要
筆者のお客様で、スクラムを通じて自社の組織文化を本気で変えたいと思っているリーダーがいる。自分の組織だけでなく、日本中の企業の文化を変えたいと本気で思っている。そのリーダーは、メンバーに次のように話しかけた。
「私は、この会社を『毎日、職場に来るのが楽しみになる。自分の仕事を通じて社会をより良くしているという実感を持てる』といった会社にしたいと思っています。それを実現するために会社全体としてスクラムを採用することにしました。スクラムを通じて、皆さんには最新のテクノロジーを使って、素早くプロダクトをリリースし、さまざまなイノベーションに挑戦してほしいと思っています。では、みなさん、スクラムを始めましょう」
今度はどうだろう?多くの人がスクラムを始めてみたいと思ったのではないだろうか?
この組織では、リーダーはまず自らの信念(WHY)を語り、次にそのやり方(HOW)に言及し、最後に成果目標(WHAT)を付け加えている(図2)。TED Talkでのサイモン氏は、この順番が非常に重要だと説明している。
繰り返しになるが、私達は、リーダーの信念を自らも信じられれば、喜んで力を貸したいと思うようになる。だからスクラム組織変革の最初のステップは、リーダーが自らの信念を明らかにし、メンバーに伝えることだ。
簡潔でメンバーの心に長く留まるビジョンステートメントを
前述の企業では、そうした信念を以下のようなビジョンステートメントにし、メンバーへ伝えている。
ビジョンステートメントは、できるだけ簡潔で、メンバーの心に長く留まるものがよい。メンバーが、リーダーのビジョンに共感できれば、新型コロナウイルスのような予想できない事態が起きても、変革のスピードに影響はない。むしろ、危機を乗り越えるために組織は一丸となり、より変革のスピードが増すかもしれない。
変革のビジョンステートメントが明確になれば、次にリーダーが取り組むのは、スクラム組織のあるべき組織構造のゴールを明確にすることだ。特に多くの組織において、意思決定プロセスと人事評価制度は、大きく変える必要がある。
次回は、スクラム組織への変革に向けた新たな意思決定プロセスや評価制度の策定といった初期の変革のバックログの作り方を説明する。
和田 圭介(わだ・けいすけ)
Scrum Inc. Japan Senior Coach。大学卒業後、KDDIにおけるIoTビジネス・クラウドビジネスの立ち上げ、トヨタ自動車への出向などを経て、2019年4月より現職。KDDIにおけるスクラム導入、プロダクトオーナーとしての経験を生かし、主に大企業におけるスクラム導入を支援。スクラムの普及を通じて、日本中の働く人々が幸せになり、日本から新たなイノベーションが次々と生み出されるようになることを目指している。