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ディープラーニングがもたらしたAIの新たな価値【第1回】

ミン・スン(AppierチーフAIサイエンティスト)
2020年1月8日

第3次AIブーム:ディープラーニングの幕開け

 第1次と第2次のAIブームは一過性に終わり、AIへの期待値は底をついたようにみえた。ところが2012年を境に、AIは再び脚光を浴びるようになる。研究室や一部の企業だけが注目していた過去のAIブームとは違い、ビジネスや生活のいたるところにAIが導入され、社会システムの一部として機能し始めている。

 事実、ビジネスでは事務作業を筆頭に多くの業務が自動化されている。一般消費者向けのモバイルデバイスにさえAIが搭載され始めている。

 これまで社会浸透が進まなかったAIが、急に当たり前のように活用されるようになったのには、ディープラーニング(深層学習)という技術的ブレークスルーの影響が大きい。このブレークスルーがきっかけになり、画像認識分野におけるAIの精度が飛躍的に向上し、人間の画像認識能力を超える精度を叩き出すに至っている。

 背景には、コンピューターの計算能力の飛躍的向上や、データの爆発的な増加といった複数の要因がある。とはいえディープラーニングなしに、現在のAI活用の波はあり得なかっただろう。

 余談だが、日本人研究者の甘利 俊一 教授は1976年、ディープラーニングの根幹とも言える多層ニューラルネットワークに関する研究を発表している。つまり現在のディープラーニングには、日本人研究者の功績が少なからず影響を与えているということだ。

AIと機械学習とディープラーニングの関係性

 ディープラーニングなしに現在のAI活用の流れはあり得ないと伝えたが、ディープラーニングとAIの関係性をあいまいに理解したままAIを語る経営者などが少なくない。AIの文脈で頻繁に用いられる機械学習も同様だ。

 ビジネス分野において「AI」という単語は、人が持つ能力の一部を再現するシステムの総称として用いられているケースが多い。そのため、既定のシナリオに沿って返答しているだけのチャットボットも、人と人のコミュニケーションを再現していることから、AIの1つとして認識されている。

 従ってビジネスにおけるAIは、線引きが不明瞭なマーケティングワードとしての側面が大きく、明確な答えは定まっていないのが現状だ。本来、機械学習やディープラーニングは、現代のAIを象徴する技術領域において、AIに用いられている特定の技術領域を指しているにもかかわらずである。

 機械学習は、多くの技術を内包するAIの中で、大量データを分析し、特定のタスクに対する答えを導き出すためのモデルを構築する技術の総称である。現代のAI活用を下支えする技術領域であり、現代のAI活用の盛り上がりを牽引する技術領域でもある。

 一方のディープラーニングは、機械学習が内包する技術領域の1つだ。コンピューターがより多くのデータを分析し、自動で特徴を導き出す手法を指す。

 機械学習モデルの多くが、正解例をデータとして入力し、そこから答えを生み出すのに対し、ディープラーニングのモデルは、正解例なしに答えを生み出せる。近年、AIが人に勝利する場面が増えているが、その大半はディープラーニング技術を活用したAIの成果である。

多くの業界でAIの実証実験が進んでいる

 最近のAIは、画像認識や自然言語処理分野において特に高い成果を生み出している。今後も活用の範囲が広がり続けるといわれている。先行例には、モバイルデバイスに搭載された顔認証機能や自動運転などが挙げられる。小売業界や医療業界など、多くの業界でディープラーニングを用いたAIの実証実験が進められている。

 今回は、過去のAIブームと現在の流れ、およびAI分野の概要を解説した。次回は、AIの具体的なビジネス活用を考えるために、画像認識分野におけるAIの活用を世界の事例から紐解いていく。特に、近年話題になっている商業施設におけるAI活用がもたらすビジネスへの正負の影響を考察したい。

Min Sun(ミン・スン)

AppierチーフAIサイエンティスト。専門分野は、コンピュータービジョン、自然言語処理、深層学習、強化学習。

2005年、Google Brainの共同設立者の1人であるAndrew Ng(アンドリュー・エン)氏や、元Google CloudのチーフサイエンティストであるFei-fei Li(フェイフェイ・リー)氏などのプロジェクトに携わり、AAAI(アメリカ人工知能学会)をはじめ世界トップクラスの人工知能学会で研究論文を発表する。

2014年に台湾国立清華大学の准教授に就任。2015年から2017年には「CVGIP(Computer Vision Graphics and Image Processing)Best Paper Awards」を3年連続で受賞した。

2018年に「研究者には肩書きよりもデータが必要」と感じ、AIテクノロジー企業のAppierにチーフAIサイエンティストとして参画。新製品の開発や、既存製品の機能改善のほか、技術的な課題解決に携わっている。