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- Well-beingな社会に向けたロボットの創り方
Well-beingを実現する量的拡張と質的拡張【第12回】
テクノロジーを使って理想の状態に近づける
上述したような定義や各種取り組みを考えれば、「自己拡張」とは、「身体的、精神的、社会的のいずれかの要素が理想的な状態から乖離してしまっているときに、テクノロジーを使って理想の状態に近づけること」だと言える。
以下、身体的な自己拡張と、精神的・社会的な自己拡張とは、どのようなものなのか、具体的にみてみよう。
身体的な拡張は“量的”な拡張
まず身体的な拡張には、どのようなものがあるだろうか。分かりやすい例の1つが「パワーアシストスーツ」だ。身体に装着することで、身体的能力を増幅するテクノロジーである(図2)。
例えばサイバーダインは、「HAL」というパワーアシストスーツを開発している。片麻痺を有する患者などがリハビリを介して再び歩くことを獲得するための装着型ロボットだ。奈良市に本社を置くATOUNは、荷物を持ち上げたりする際に腰に掛かる負荷を低減する「ATOUN MODEL Y」を開発している。東京理科大学発のイノフィスが開発する「マッスルスーツEvery」などは家電量販店での販売も始まっている。
いずれのパワーアシストスーツも既に、病院や物流など複数の現場で活用されている。今後もますます導入が進んでいくことだろう。
身体的な自己拡張とは、パワーアシストスーツのように「力」を増強したり「速度」を早くしたりと何か物理的な量を大きくすることである。つまり「量的」に自己を拡張することだ。身体的な自己拡張は「量的拡張」とも呼べる。
量的拡張の歴史は古い。歩く能力を物理的に拡張させる代表例が義足である。義足は紀元前から存在していると言われている。「カプアの棒義足」「イオニア人の花瓶」と表現される義足が紀元前のヨーロッパで利用されていた。エジプトで発見された義足は、外観だけでなく、歩行能力をしっかりと増幅していたことが証明されている。
日本でも幕末に活躍した歌舞伎役者、澤村 田之助が義足を使っていたことが知られている。彼の義足も、決して外観を隠すための手段としてではなく、「歩きたい」「歌舞伎の女形という自分の誇りを持った仕事をしっかりとやりたい」という自己拡張の提供価値に向かっていたことは間違いないだろう。
義足以外にも、視力が低下したときのメガネやコンタクトレンズ、聴力が低下したときの補聴器なども立派な量的拡張を伴うプロダクトになる。視覚という観点では顕微鏡も、肉眼では見えないものを拡大して見えるようにするという意味で、身体的な能力を拡張していると言える。
身体的な性能を量的に拡張するテクノロジーは実は、身の回りに満ち溢れている。これらに共通しているのは、もちろん第一義的には身体的な拡張を行っていることだが、その拡張は「やりたいことをできるようにする」「なりたい自分になる」ことにつながっている。結果として、心的な“満足”や社会参画に伴う“喜び”といった精神面や社会面で拡張にも貢献している。
逆に言えば、精神的・社会的な拡張につながらない身体的な拡張は、その行為を敢えて人間が利用する必要性は少なく、どちらかと言えば、技術的な限界は別にして、ロボットなどの機械に任せたほうがよいとも言える。