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  • Well-beingな社会に向けたロボットの創り方

Well-beingを実現する量的拡張と質的拡張【第12回】

安藤 健(パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部 ロボティクス推進室 総括)
2021年5月10日

精神的・社会的な拡張は“質的”な拡張

 次に、身体的な拡張は伴わずに、精神的・社会的な拡張を行うとは、どのようなものかを考えてみる。

 精神的な拡張とは、「より気持ちよく」「より創造的に」「より集中できる」「より心が落ち着く」など、心の状態が自分の希望する方向に深まる状態だと言える。だとすれば、「マインドフルネス」「トランステック」といった言葉で語られてきた良質な睡眠確保のための枕やベッド、瞑想のための施設やスマホアプリなども精神的な拡張のためのテクノロジーになる。

 ロボットに関連するところでは、アザラシ型ロボット「パロ」(知能システム製)や犬型ロボット「Aibo」(ソニー製)などのペットロボットは、もちろん遊んでも楽しいが、心のケアができることが知られている(図3)。

図3:ペットロボットの例(各社のニュースリリースから引用)

 特にパロは「世界で最もセラピー効果があるロボット」として2002年、ギネスブックに登録された。ストレスや血圧の低下といった生理的な効果や、笑顔の増加、うつ病の改善などの心理的な効果に加えて、高齢者同士の会話が増えるなど社会的効果も学術的に示されている。

 次に社会的な拡張という視点においては、「関係」の質を向上させることが重要なポイントになる。人と人、人とモノなどたくさんの関係によって社会は成立している。それらの関係をより良い方向に促進させることが、社会的な拡張だと言えるだろう。

 パロの事例以外にも、例えばOQTAが開発するスマホで鳴らせる鳩時計「OQTA HATO」は、社会的な拡張を担うプロダクトだ。OQTA HATOは、時刻に合わせて鳩が鳴くのではなく、スマホアプリのボタンを押した数だけ鳩が鳴く。「いつも想っているよ」という気持ちだけを遠く離れた場所にいる相手に届けるのがコンセプトだ。一緒に住んでいない家族などとの関係を良い方向に後押ししてくれる。

 精神的・社会的な拡張は、心の状態や関係の状態を良い方向に向かわせることだと言える。つまり、身体的な拡張が“量”を拡張しているのに対し、精神的・社会的な拡張は、状態の“質”を拡張しているのである。

社会的な拡張はSDGsなどと融合していく

 社会的な拡張とは、関係性の向上であると述べた。事例として、パロやOQTA HATOなど身近な存在の人と人との関係を向上させるプロダクトを挙げた。しかし、社会はもっと多くの要素で構成されている。見ず知らずの人、モノ、自然などなど、地球は実にダイバーシティに富んでいる。

 それらすべての関係を包摂(インクルージョン)し、より良くすること、つまり、真の意味でSocialにWell-beingになっていくことが今後求められていく。そのための拡張技術の重要性は、さらに増していくことになる。

 そこでは、開発したロボットやプロダクトが、楽しさなどの精神的に良い状態や、仲良くなるなどの社会的な状態の拡張に貢献するだけではなく、例えば、それらの製造・流通といったサプライチェーンの全工程に携わる人々がWell-beingな状態になっているか(過酷な労働条件下にないか)、地球にとってもWell-beingな状態になっているか(環境に悪い影響を与えていないか)といったことまでもが重要になる。

 こうした考え方・取り組みは、Well-beingと同様に昨今のバスワードになっている「SDGs(“Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)」や「GX(Green Transformation)」との融合領域になる。これからのWell-beingはDX(Digital Transformation)だけでなく、SDGsやGXとのの掛け合わせがポイントになってくるだろう。

 次回は、Well-beingを考えるうえでコアな存在になる「私」という存在について、テクノロジーとの関連性を考えてみたい。

安藤健(あんどう・たけし)

パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部ロボティクス推進室総括。パナソニックAug Labリーダー。博士(工学)。早稲田大学理工学術院、大阪大学大学院医学系研究科での教員を経て、パナソニック入社。ヒトと機械のより良い関係に興味を持ち、一貫して人共存ロボットの研究開発、事業開発に従事。早稲田大学客員講師、福祉工学協議会事務局長、日本機械学会ロボメカ部門技術委員長、経済産業省各種委員なども務める。「ロボット大賞」「IROS Toshio Fukuda Young Professional Award」など国内外での受賞多数。