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Society 5.0の自己拡張は“感情・感性”含む「IoH」で実現する【第14回】

安藤 健(パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部 ロボティクス推進室 総括)
2021年7月5日

Society 5.0におけるIoHは“変化”を捉え続ける

 自己拡張によるWell-beingの実現(幸福度の向上)においては、人それぞれの感性や価値観など、自己の内部状態をデータにすることこそが、最重要な基盤課題になるだろう。そして感性価値は、今後の製品/サービスの開発においても重要になる。

 例えば、USBメモリーなどのシリアルイノベータとして有名なmonogotoの濱口 秀司 氏は、論文において、次のような趣旨を示している。

 「顧客が認識する価値と潜在顧客数の関係性が、機能価値のみの場合にはトレードオフの関係にある。だが、デザインやストーリーといった感性価値を組み込むことで、その関係は変化し、トレードオフを大きく破壊したポジションを作り上げることが可能になる」

 ここで大事なことは、感性価値とは決して外観的なデザインだけの問題ではないということだ。濱口氏の言葉では「ストーリー」と表現されるような物語、ナラティブが重要になってくる。これは、感性価値は、モノ/サービス側の過去や未来の時間軸での出来事にも依存するということを意味する。当然、ヒトの感性自体も一定ではなく、自己側の過去の体験などに依存するなど時々刻々変化する。

 変化し続ける感性、価値観、さらに、それらとモノやサービスのインタラクションの結果として生じる感情などをセットに、データとして捉え続けることがSociety 5.0におけるIoHの特徴になってくる。

 IoHの価値が高まるのは決して自己拡張の世界だけはない。従来のサプライチェーンにおける「自動化」といった文脈においても有用だ。

 例えば、工場の中で生産効率を高めようとすれば当然、ロボットや自動化設備の導入が考えられる。ただ現実には、まだまだ完全自動化という段階にはなっておらず、ヒトが何らかの形で介在する仕組みになっている。

 そうした環境で今後、非常に重要になってくるのは、その中で働く人々のモティベーションをどのように高めるのか、単に安全なだけでなく、高いWork Engagementを持って仕事に従事してもらうにはどうすべきかという観点だ。

 そこでは、肉体的・認知的な負荷を減らすように作業内容を改善することもあれば、いわゆる休憩所(一昔前のタバコ部屋)のような空間を上手くデザインすることでヒトとヒトの関係性を良くしたり、そこから情報の流れも良くしようとすることもあるだろう。その際に活用されるのが感性や価値観を捉えられる新しいIoHである。

ヒトのデータ提供は「意図的」から「無意識」に

 このように、個々人の内面状態を正しく理解しながらアクションを打つという仕組みづくりは、既存領域においても重要になる。そのための技術開発も着実に進んでいくと思われる。実際、科学技術振興機構(JST)が2021年度から「個人に最適化された社会の実現」領域を新たなテーマとして設定している。

 ヒトの側から見ると、Society 4.0におけるIoHは、基本的には「クリック」という行為であり、ある意味、意図的というか明示的にインターネットに自己の情報の載せていたことになる。これに対しSociety 5.0におけるIoHは、かなり「無意識」のレベルに近い状態でネットワークに接続されたものになる。

 当然、GDPR(EU一般データ保護規則)など各国のデータ保護に関する法制度には対応するものの、本質的には、ユーザー側がプライバシーに該当する情報をネットワークに接続したいと思えるだけの利用用途の魅力が必要である。自己の幸福度を高めるためのモノ・サービスの設計は、ますます、その意義が問われるようになるだろう。

 今回は、Society 4.0におけるIoHから始まった情報価値が、Society 5.0でIoTとなり、今後はヒトの内面をデータ化するIoHへと価値が移っていくことを説明した。

 次回からは数回に渡り、Well-beingを実現するためのロボット開発について、どのような形で実施しているかを事例も交えながら、もう少し具体的に紹介していきたいと思う。

安藤健(あんどう・たけし)

パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部ロボティクス推進室総括。パナソニックAug Labリーダー。博士(工学)。早稲田大学理工学術院、大阪大学大学院医学系研究科での教員を経て、パナソニック入社。ヒトと機械のより良い関係に興味を持ち、一貫して人共存ロボットの研究開発、事業開発に従事。早稲田大学客員講師、福祉工学協議会事務局長、日本機械学会ロボメカ部門技術委員長、経済産業省各種委員なども務める。「ロボット大賞」「IROS Toshio Fukuda Young Professional Award」など国内外での受賞多数。