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Well-beingに向けた「感覚・感性」は“五感”にとどまらない【第15回】

安藤 健(パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部 ロボティクス推進室 総括)
2021年8月10日

感覚・感性を78個の小分類にカテゴライズ

 Aug Labがまとめた円環図では感性を大きく「身体的感覚」「生理的感覚」「外界への感覚」「精神的感覚」の4つに分類した。中分類として25個、小分類として78個にカテゴライズしている。

身体的感覚 :主に身体への直接的な刺激が感覚器で受容されることによって生じる感覚(例:五感)

生理的感覚 :生物として本能的に備わっている、また生存のために良しとされる感覚(例:直感、安心感)

外界への感覚 :外界の環境、状態、要素による刺激から生じる知覚とそれに伴う感覚(例:時間、モノ、場所から感じる感覚)

精神的感覚 :外界との関係性によって構築される、主体がどう在りたいかをあらわす感覚(例:自己の在り方、おかしみ、畏敬)

 例えば「精神的な感覚」は、中分類として「自己の在り方」が、小分類として「環境から受ける影響」があるように、深掘りできる。

 もちろん、この円環図は、完璧にヒトのあらゆる感覚・感性を網羅的に抜け・漏れなく抽出できているわけではない。文献により網羅性を、インタビューにより解像度を高めてはいるが、まだまだ不完全な状態だ。今後も定期的に更新していければと考えている。

 最近では、抽出した78個の感覚が、それぞれどのように関連し合っているのかに関する大規模調査に取り組んでいる。日々の暮らしにおいて、心が動くような経験をしたときに、これら78個の感覚・感性がどのように生じているのかを明らかにするのが目的だ。現在、結果をまとめている。

 こうした感覚の関係性が分かってくると、プロダクトやサービスをデザインする際に、ユーザーにどのような体験、どのような感想を持ってほしいのかという内容に応じて、具体的にどのような感覚・感性に注目する必要があるのかを意識しながら設計できるようになる。

 なお、Aug Labが作成した感性の円環図は一般公開しているので、興味ある方は有効に活用いただきたい。感覚・感性の概念を整理することは、全体像を理解するためだけでなく、アイデアを創出するためのワークショップにも役立てられる。

拡張すべき感覚・感性は“デザイン”の文脈と絡んでくる

 最近はメディアでも、「人間拡張」という言葉が頻繁に使われるようになってきた。だがそこでの拡張の対象は、パワーや速度といった身体的な性能や、視覚や触覚など五感的なものが対象になっていることが多い。

 本連載の第12回で述べたように、拡張は、(1)身体的な性能を量的に拡張することと、(2)精神的・社会的な状態を質的に拡張することに大別されると考えている。身体的な量的拡張は、メディアなどでの主張とほぼ一致するものの、質的な拡張において五感だけでは、精神的・社会的な拡張における、ほんの一部に留まっていると言える。

 確かに、最終的なプロダクト/サービスとしてデザインされ、ユーザーの体験として表層的に現れやすいのは五感(円環図で「身体的感覚」と表現されるもの)なのかもしれない。だが、その深層には、直感や安心感といった生理的感覚や、場所などから感じ取られる外界への感覚、自然に対する畏敬の念などの精神的感覚が存在しているはずだ。

 こうした指摘は近年、「デザイン」という文脈で盛んに指摘されている「意味のイノベーション」や「ナラティブ」「共感」といったキーワードなどとも深く絡んでくる話かもしれない。

 つまり、ロボットなどのプロダクトデザインにおいて、感覚・感性という視点で見たときに拡張すべき対象は、決して外観やスタイリングだけではないということだ。円環図で一旦78個あると仮置きした感覚・感性全体が対象になる。

 もちろん、78個すべてを拡張すべきという話ではない。どの感性を重点的に拡張するのかということを企画段階でしっかりと検討することが重要になってくる。

 このように我々がWell-beingの実現を目指すなかで、特に質的な拡張の対象になる「感覚・感性」は、決して五感に限定されるものではない。その背後に存在する本能的な生理的感覚、時間・モノ・場所などから感じる外界への感覚、主体がどうありたいかを表す精神的感覚を含むべきである。

 次回からは、今回の内容も踏まえ、Well-beingのための質的な拡張に向けたアイデアをどのように創出していくのかについて、実際にどのようなロボットが作られ生きているのかという事例も交えながら、紹介していきたい。

安藤健(あんどう・たけし)

パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部ロボティクス推進室総括。パナソニックAug Labリーダー。博士(工学)。早稲田大学理工学術院、大阪大学大学院医学系研究科での教員を経て、パナソニック入社。ヒトと機械のより良い関係に興味を持ち、一貫して人共存ロボットの研究開発、事業開発に従事。早稲田大学客員講師、福祉工学協議会事務局長、日本機械学会ロボメカ部門技術委員長、経済産業省各種委員なども務める。「ロボット大賞」「IROS Toshio Fukuda Young Professional Award」など国内外での受賞多数。