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“偏愛”から始まるアイデアが圧倒的な当事者意識を産む【第16回】

安藤 健(パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部 ロボティクス推進室 総括)
2021年9月6日

ステップ1:偏愛マップの作成

 まず自分の偏愛を探す。自己紹介において「趣味」という項目が良く挙げられるが、それの細かいバージョンだと考えれば良い。

 例えば、筆者は甲子園で開催される高校野球ファンであるが、それを表現するためのキーワードは、「野球観戦」「高校野球観戦」「地元高校の応援」「智辯和歌山のジョクロックが流れているときの応援の様子」「9回に良く起こる逆転劇」「その夜の熱闘甲子園」などなど、好きなことであれば芋づる式に出てきやすいはずだ。

 特に、それが好きな人以外には何を言っているのか分からないレベルのことが書き出せると良い。「その夜の熱闘甲子園」は、当日の試合内容のダイジェストなどを放映するテレビ番組のタイトルである。

 この際に筆者らがよく使うのが「偏愛マップ」だ。要は自分の好きなものを可能な限り細かく書き出していくためのツールである。日本語学者でもある斎藤 孝先生は、その著書『偏愛マップ―キラいな人がいなくなる コミュニケーション・メソッド』において、樹形図式など様々な偏愛マップの書き方を紹介しているが、それぞれが書きやすければ、どの偏愛マップでも良いだろう。

 偏愛マップを作成する際は、上記の高校野球の例のように、実際に偏愛の対象を妄想し、具体的なシーンを絵にしてみるのも有効だ。ネット上にも多くの事例が出ているので「偏愛マップ」を検索してほしい。

ステップ2:偏愛マップの共有・対話

 完成した偏愛マップを他の人と共有し、偏愛について対話する時間である。他人と共有することで、偏愛を客観化するのである。

 ステップ1で偏愛を洗い出してみたものの、そのレベルが、一般的なレベルよりも深い“偏愛”レベルにあるのかについては、自分一人だけでは、なかなか気付きにくい。他人の視点も入れることで初めて、自分の想いの深さ、ユニークさが表れてくる。

 対話では、周りの人は偏愛マップをどんどん深掘りする。特に、どこが、なぜ好きなのかという点が、最も重要な要素なだけに、徹底的にやるのが良い。経験的にも、好きなことの言語化は途中レイヤーから結構難しくなってくるはずである。多くの場合、原体験に近いなんらかの出来事などに絡んでくる。

 この際に注意しなければならないのは、しっかりと「心理的安全性」を確保することである。“偏愛”をオープンにすることは、本人にとって恥ずかしい場合もあれば、上述したように原体験に近いレベルで個人の心や頭の中、深いところに入っていくことになる。それだけに決して、他人の好きを否定してはならない。

 深掘り時に笑ったり、馬鹿にしたりという空気が少しでも感じ取られると、プロセス2は全く意味をなさない。ワークショップをファシリテーションするときは特に注意が必要だ。参加者1人ひとりが、しっかりと他人を尊重することは絶対条件である。互いにしっかり話を聞けるという意味では、2~4人くらいで実施するのが良いであろう。

ステップ3:偏愛情報の拡張

 アイデア出しの最終フェーズである。この段階では、ほとんどの場合、なんらかの情報が“偏愛”の対象物から自分に伝わっているはずだ。高校野球の例であれば、高校球児の1試合に掛ける想いだったり、自身の青春時代と重ねたときに思い出される懐かしいシーンだったりするかもしれない。

 明示的な伝達情報がない場合でも、「自然が好き」などと言う場合には、自然そのものは当たり前に身の回りに少なからず存在しているが、その存在というものは情報になる。その情報を拡張する方法を考えるのがステップ3である。

 ここでの拡張とは、情報をより見えるようにするというプラス側への拡張、あるいは、より伝わらないように情報を削るというマイナス側の拡張とがある。拡張するための方法は、沢山、出すしかない。

 筆者らが開発しているロボット「babypapa(ベビパパ)」を例に挙げる。babypapaは、子供を撮影した写真を親と共有できるというロボットで、ここでの“偏愛”は「子供の様子を見ること、記録を残すこと」である。

図2:コミュニケーションを支援する「babypapa(ベビパパ)」の外観

 この偏愛内容に対しbabypapaは、我々が良く撮影するニッコリとピースサインをしている写真ではなく、おもちゃのようなロボットの視点から、集中して遊んでいるシーン、ケンカをして怒ったり泣いたりしているシーンなど、いつもとは異なるシーンを、いつもの真正面とは違ったアングルから撮影する。

 しかも、動画を撮影し、偏愛対象の子供の状況に関するすべての情報を伝達するのでもない。あえて静止画を撮影し、その瞬間を切り取り、他の情報を削減した情報として提供している。

 このように情報を意図的に拡張(見える化や削る化など)することで、より偏愛対象のことを知りたくなる。つまり、偏愛の気持ちが刺激され、情報を拡張してくるプロダクト/サービスと、その利用者の間に関係が構築されていく。