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わたしのWell-beingから、わたしたちのWell-beingへ【第18回】

ロボットが人と人の間にWell-beingを生み出す

安藤 健(パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部 ロボティクス推進室 総括)
2021年11月8日

babypapaが親と子の関係性を紡ぎ出す

 このような、ある意味で役に立たないロボットが人に対して唯一できるのが「写真を撮る」ということだ。babypapaは、前方にいる人の写真を撮る。笑ったり泣いたり怒ったりと、色々なシーンを写真として勝手に記録する。babaypapaの「papa」は実は「paparazzi(パパラッチ)」に由来している。

 babaypapaを通して筆者らが実現したいことは、勝手に撮られた写真を使って人と人とのコミュニケーションを活性化させることである。写真は、その場にいられなくても、後から、その瞬間を共有できるからだ。babypapaでは特に、親と子の間に存在するWell-beingのサポートを目的にしている。

 親が撮影した子供の写真は当然、何年か後であっても親子間などにコミュニケーションを生む。これに対しbabypapaが撮る写真は、親が「はい、笑って~」と言いながら撮った写真とは異なり、その人の“素”が写る。ロボットと遊んでいるときの表情はもちろん、子供同士が喧嘩しているとき、ロボットの前で絵を書いたり作業に没頭したりしているときなど、普段はなかなか撮れない様子が撮れる。

 もちろん笑顔の写真も魅力的だ。だが、真剣に遊んでいるときの真顔や、泣いたり怒ったりしている顔も、後から振り返ってみれば、良い思い出になるのではないだろうか。そんな写真を撮れることがロボットカメラの特徴だ。

 もともとbabypapaの開発は、新型コロナが世の中には存在していない時期にスタートした。単身赴任や帰宅が遅いなどの理由から、子供と一緒に居られない親が、日頃の子供の様子を知りたいという想いに応えようとした。

 babypapaが撮影した写真が、親と子が「今日こんなことしてたんだぁ~。楽しかった??」と会話するきっかけになったり、夫婦間や祖父母の間で「今日こんなことしてたんだよ~」という話題のきっかけになったりする。筆者らがコミュケートさせたいのは、人とロボットではなく、あくまでも人と人だ。その手助けできればという思想のもとで開発されたのがbabypapaである。

 こうした想いは、第16回で触れた「偏愛」という意味において、まさに我が子に対する偏愛だといえる。新型コロナの影響で在宅勤務が増え、子供と過ごす時間が増えた家庭も多く存在するだろう。それでも、いつもとは違う表情を写し止めた写真は偏愛に対しては響くようだ。

評価実験後のbabypapaは服を着ていた

 ここでポイントになるのが偏愛情報の拡張である。第16回で、感性価値を高めるための3つのステップを紹介した。

ステップ1 :偏愛マップの作成
ステップ2 :偏愛マップの共有・対話
ステップ3 :「偏愛情報の拡張(偏愛の見える化・削る化)」という開発プロセスを踏む

 普段会えない、もしくは見ることが少ない偏愛対象の子供に対し、最も情報を提供するためには、もしかすれば24時間Webカメラで撮影し、動画としてライブストリーム配信するほうが良いのかもしれない。

 しかしbabypapaでは、そこまでの情報は親側にも提供していない。あくまでも静止画の提供だ。情報の見える化だけではなく、削る化により、親は子供のことが、より一層気になり、結果として親から子へのコミュニケーションが増える。

 babypapaはこれまでに、実際の家庭に持ち込み、短期/長期の評価実験を行ってきた。それぞれの詳細は述べないが「とても面白いな」と思った事例を1つ紹介したい。

 写真2は、評価実験を終わって返ってきたbabypapaである。服を着たりハチマキを巻いたり、リボンを付けたりとbabypapaは“オシャレ”になって戻ってきた。当然、babypapaを貸し出すときは無地の状態だ。つまり、貸し出し期間中に、実験に参加した家庭が、3体分の洋服を作ってくれたのだ。

写真2:評価試験が終わり洋服を着て戻ってきたbabypapa

 よくよく話を伺うと、娘さんがbabypapaを気に入り「洋服を着せたい」ということになった。そこで家族は、どんなデザインにするかを話し合い、babypapaを採寸し、一緒に布地屋さんに出向き、店頭ではイメージしていた柄がないと悩む。帰宅後も家族みんなで、布を切ったり張ったりと試行錯誤しながら洋服を作りあげたという。

 コミュニケーションロボットの分野では近年、ファッションショーが開かれるようになっている。ロボット用の服を販売するビジネスも当然、想定はしていた。だが、子供や家族が自分で考えて服を作ってくれるとは、あまり思っていなかった。

技術は直接・間接に人と人の関係を良化できる

 babypapaのための服を作るという作業は、評価実験中という時間が限られているからこそ起きた一過性の事例かもしれない。しかし、開発側の想定を超えたレベルで親と子の関係性に影響を与えた事例だと言える。

 ロボットをキッカケに、ある意味ではロボットがメディア(媒体)として存在することで、親と子の会話が生れ、さらには何かを一緒に考えたり、一緒に作業したりする時間が増え、コミュニケーションが活性化されたのは事実である。

 このことは、技術が直接的に人と人の関係を良化させるだけではなく、技術がきっかけを作れれば、後は自発的に人同士のコミュニケーションの頻度や濃度が高まっていくこともあることを示している。

 次回は、「わたしたち」という存在をさらに拡張してとらえることが、これからのWell-beingにとっては重要であることを考えてみる。

安藤健(あんどう・たけし)

パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部ロボティクス推進室総括。パナソニックAug Labリーダー。博士(工学)。早稲田大学理工学術院、大阪大学大学院医学系研究科での教員を経て、パナソニック入社。ヒトと機械のより良い関係に興味を持ち、一貫して人共存ロボットの研究開発、事業開発に従事。早稲田大学客員講師、福祉工学協議会事務局長、日本機械学会ロボメカ部門技術委員長、経済産業省各種委員なども務める。「ロボット大賞」「IROS Toshio Fukuda Young Professional Award」など国内外での受賞多数。