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  • 新規事業開発でデジタル課題を発生させないための3条件

0 → 1フェーズ:顧客課題が先か、サービス/プロダクトが先か

畠山 和也(本気ファクトリー 代表取締役)
2020年9月4日

テクノロジードリブンな開発の成功は奇跡を待つようなもの

 一般に、大企業における新規事業開発では、多く場合、なんらかの技術シーズドの活用が前提になっているケースがほとんどです。結果「実現可能なサービスプロダクトが解決できる顧客と課題を探す」というアプローチになります。しかし、こうしたテクノロジードリブンな新規事業開発では、「想定できる顧客と課題が多すぎて、1つひとつ検証していくに、はあまりに時間が足りない」という問題に直面してしまうのです。

 そのため担当者は、「これはいけるはず」と感じた活用方法を想定したサービスプロダクのプロトタイプを開発し、試験的に売ってみるという方法を採ります。ですが、真の顧客ニーズを把握できていない段階で、このようなやり方を進めても、奇跡のような巡り合わせがなければ、成功には至りません(図2)。

図2:シーズありきの事業開発が成立するのは“奇跡”のようなもの

 すなわち、「たまたま事業が成立するタイミング」に「たまたま事業性のある活用方法を選べ」「たまたま顧客課題を解決するサービスプロダクトを開発でき」「たまたまニーズのある顧客に早期に遭遇し」「たまたま競合製品ではなく自社を選んでくれたことが何回も続く」という奇跡です。

 想定する活用方法については、対象顧客や、顧客それぞれの課題は無数に考えられます。個々の課題に対し、それを解決できるサービスプロダクトを考える必要があります。プロトタイプとはいえ、サービスプロダクトの開発には一定の時間とコストがかかります。上記の“奇跡”を求めて闇雲に作り売ってみても成功する確率は極めて低いと言わざるを得ません。

 しかも、自社技術がマーケットでポジションを獲得できるかどうかは、他のプレーヤーとの比較になるだけに、選んだ活用方法によっては、競合他社が多いなどで事業は成立しません。結果、検証を続けるなかで、「想定した顧客課題は実際にはなかった」とか「顧客課題を解決できる実現可能なサービスプロダクトが作れない」といった問題が発生するのです。いずれの場合においても、それ以上、その活用方法における事業開発はストップせざるを得ません。

0 → 1フェーズでは「ニワトリが先か、タマゴが先か」問題が待っている

 そもそも、この問題が難しいのは、「顧客が自身の課題を明確に自覚していることはない」ということです。多くは、ある課題を解決できるサービスプロダクトが提示されて初めて、その課題を自覚するのが現実です。つまり、課題がわかっていなければ適切なサービスプロダクトを開発できないにも関わらず、適切なサービスプロダクトがなければ顧客課題は明確化しないという「ニワトリが先か、タマゴが先か」という状況にあるのがほとんどだということです(図3)。

図3:0 → 1フェーズでは「ニワトリが先か、タマゴが先か」の課題に直面する

 どの顧客も、なんらかの潜在課題を抱えています。ですが、「たまたま対面した顧客が、たまたま自社技術で解決できる課題を抱えていた」となる可能性は決して高くはありません。そのため新規事業開発のセオリーとしては、顧客が抱える潜在課題を認識し、それを解決するサービスプロダクトを多数提示することになります。

 それでも無数に解決策を提示できないため、顧客の潜在課題を想定できるだけ顧客を深く理解できていることが前提になります。良く知っている顧客であれば顧客自身が自覚していない課題の想定も可能かもしれませんが、実際には顧客課題からサービスプロダクトを設計していくと、自社で保有する技術だけでは解決が難しい場合がほとんどであり、やはり“奇跡”は起きないのです。

SDKでパートナーや顧客に課題の抽出とプロダクトの発見を委ねる

 では、この「ニワトリが先か、卵が先か」の状況を抜け出す策はあるのでしょうか。その解決策の1つが「SDK(ソフトウェア開発キット)」の活用です。

 SDKは、アプリケーションプログラムの開発に必要な開発環境や、再利用できるプログラムの部品、サンプルコード、技術や開発方法などの説明資料をまとめたものです。これをパートナー企業や顧客に提供することで、「顧客課題」と「それを解決し、かつ実現可能なサービスプロダクト」のセットの発見を彼らに委ねるのです。

 上述したように、自社で多数の顧客の潜在課題を調査することは、工数が膨大になり現実的ではありません。そこで、顧客の潜在課題を良く知っていて、自社の保有技術で解決できそうな課題を抱える顧客を持つ複数のパートナー企業、あるいは顧客自身にSDKを渡し、自由に開発してもらうことでサービスプロダクトの開発を同時多発的に進めるのです。

 トライする数が多ければ多いほど、正解に至る確率もスピードも上がります。パートナー企業あるいは顧客には、潜在課題を抽出する能力や、自らシステムを開発する能力が求められるため万能とはいえませんが、既存の技術リソースをもとに事業開発していくのは非常に難易度が高いだけに、数少ない有力な手法だといえるでしょう。