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社会インフラのデジタル化を進め新モデルを横展開する【第20回】

藤井 篤之、廣瀬 隆治、清水 健、米重 護(アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部)
2022年12月1日

前回、道路や上下水道、電力網といった社会インフラの老朽化が進むと同時に、保守・運用を担う作業者の減少という課題に対し、予防保全に向けた状態・利用状況の可視化が急務なことと、そのための技術について説明した。今回は、社会インフラの構築・維持において、限られた人材が有効に機能し、かつグローバルに横展開できるビジネスモデルを構築することの必要性を説明する。

 道路や上下水道、電力網といった社会インフラの保守・運用は、人間の経験と勘と技術に頼った労働集約的産業の代表例とも言える。限られた予算の中で、すべての社会インフラの状態を診断し、いつ、何を修繕するかを見極めることは困難なだけに、人力で乗り切ってきたという事情もある。

 社会インフラの維持管理・更新計画では、10年先を見据えた長期の修繕計画と定期的な詳細点検を軸に、2〜3年の短期修繕計画を策定したうえで、日常の点検結果を踏まえ微修正することで計画と実行の精度を高めている(図1)。

図1:社会インフラ運営におけるマネジメントサイクル

 例えば国道の橋梁の維持管理プロセスでは、5年に1回の定期法定点検で各橋梁の健全度を把握し、対策の要否を診断して長寿命化修繕計画を策定・更新している。この修繕計画を年間計画に落とし込んで年度予算を確保し、予算に沿って修繕工事を設計・実行・管理する。そのうえで日常点検の結果に基づいて年間計画を微修正している。

人力に依存した社会インフラの維持管理は限界に

 こうした社会インフラの維持管理業務はすでに、自治体職員だけでは対応しきれないほどに増えている。加えて作業員は緊急対応に追われ、日常の定期業務に手が回らないなど、人力に依存した運用が限界を向かえているのが現状だ。

 社会インフラの維持管理・更新の難しさは、(1)状況診断の複雑さと、(2)膨大な土木インフラを管理し適切なタイミングで点検・修繕を実行するスケジューリングと確実な実行の難しさにある。ただ日本では前者の課題ばかりが注視されがちだ。現場では後者の業務負荷が極めて大きな課題になっている。

 海外では、業務負荷の課題に対し(1)資産管理ツール「EAM(Enterprise Asset Management)」の活用と、(2)アセット(資産)データに基づく“デジタルツイン”を使った維持管理・更新の最適化の取り組みが進んでいる。これらにより、人間に依存しない社会インフラの運営を実現している事例もある。

対策1:資産管理ツールEAMの活用

 「EAM(Enterprise Asset Management)」は、インフラの維持管理・更新に必要な資産台帳や予算、関連サービス、日常点検作業といった多種多様なデータをアセット(資産)と紐付けて管理するためのツールである。世界中の社会インフラ事業者が「欠かせない技術だ」と判断し戦略的に活用している(図2)。主なツールには「HxGN EAM(旧Infor EAM)」(スウェーデンHEXAGON製)や「IBM Maximo」(米IBM製)などがある。

図2:EAM(Enterprise Asset Management)の導入効果

 例えば、総延長50キロメートルの有料道路で、管理対象になる資産と年間の工事件数は優に4桁を超える。これを人力で管理するのは事実上不可能だ。その膨大なデータの管理にEAMを利用することで、人間は正しい判断ができるようになる。日常業務の改善やプロジェクトを横断した生産性比較なども容易にできる。

 日本でも、民間企業が管理している電力、ガス、通信の事業では、EAMは必須ツールになっている。だが公共事業では、ITの費用対効果を誤解し「職員が片手間でできる」と判断されやすく、ほとんど採用されていない。社会インフラの維持管理・更新の生産性を劇的に改善するには、EAMを使って科学的な運営管理手法を積極的に採用し実践するしか方法はない。

対策2:デジタルツインによる維持管理・更新の最適化

 EAMの導入で収集・整理されたデータは、社会インフラの実状を示すデジタルツインとして管理することで“意味を持つ”情報となり予防保全に利用できる。

 デジタルツインの適用例として、社会インフラとは異なるものの、船舶業界の取り組みを紹介したい。船舶は“洋上の社会インフラ”とも言えるほど、常に移動し続ける高額なアセットである。社会インフラ同様に、メンテナンス頻度の低減や突発的な故障の抑制が重要な課題になっており、護衛艦を中心にデジタルツインを活用した予防保全の取り組みが進んでいる(図3)。

図3:船舶業界におけるデジタルツインを使った資産管理の例

 船舶には、エンジンなどの航行設備に加え、居住区域、キッチン、場合によっては防具や武具などの様々な設備が設置されている。これらアセットのデジタルツインを構築することで状態をモニタリングし、将来的に必要になりそうなメンテナンスを予測することで、出航前に陸上で対処および準備する。

 こうした取り組みは、国土交通省が目指す社会インフラの予防保全の世界観を具現化している。日本の社会インフラの運営に取り入れるべき活動の1つである。