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DXのカギ握る「デジタルツイン」で実現できること【第1回】

草薙 昭彦(Cognite チーフソリューションアーキテクト 兼 CTO JAPAN)
2021年2月16日

デジタルツインの統合も進んでいく

 デジタルツインを利用する目的も多様化してきました。例えば、石油・ガスの分野では、機器の状態を把握し最適な時期に補修するCBM(Condition Based Maintenance:状態基準保全)や予防保全の実現に向けて、設備や機器の過去から現在までの状態情報をデジタルに表現する必要性が高まっています。

 米調査会社のガートナーのレポートによれば、「複合設備を所有するオーナーオペレーターが独自のデジタルツインを作成している割合は、2018年の5%未満が2023年までに33%に増加する」と予測しています。

 また「OEMの量産型産業用・商業用機器は、サプライヤー製品のセンサーデータを独自の複合デジタルツインに直接統合していく。その割合は現在の10%未満から少なくとも50%にまで増加する」ともしています。

 同レポートでガートナーは「デジタル化により、産業界の企業はデジタルツインの統合を進め、さらには自社の競争力向上のために、組み込み型のデジタルツインを相互統合することに意欲的になるだろう」と指摘しています。

宇宙開発で生まれた概念がIoTと出会い産業用途に広がる

 時代をさかのぼると、現在「デジタルツイン」と呼ばれている概念、すなわち現実とデジタル世界を対にして扱うことを実践したのは、1960年代の宇宙開発分野におけるNASA(米航空宇宙局)が最初だと言われています。

 当時、NASAの研究開発部門がシステムを開発するうえで直面していた課題は、「物理的にシステムを見たり触れたりができない場合に、どのようにすれば、それを操作・管理したり、不具合を修正したりできるか?」です。

 そして有名な「アポロ13号」の事故が発生した際、NASAの技術者とアポロ13号に搭乗している宇宙飛行士は、地球上に存在する複製されたシステムを使って検討し、その危機を乗り越えました。この事実は、現実システムの複製を作り活用することの重要性を認識させたという点で、その後の技術発展の方向性に大きな影響を与えました。

 そのNASAは今、デジタルツインを新しい推薦システムや計画の作成、次世代探査車や航空機の開発に利用しています。

 製造業においては早くから、CAE(Computer Aided Engineering)やDMU(Digital Mock-Up)など、デジタル空間でシミュレーションを実行する概念が生まれ発展してきました。試作品を実際に作成するのに比べ、大幅なコスト低減と期間短縮が実現できるためです。

 CAEやDMUといった技術もデジタルツインを構成する一要素です。にもかかわらず、デジタルツインの概念が今なぜ、改めて取り上げられ、これほど注目されているのでしょうか。

 デジタルツインが従来のシミュレーションと大きく異なるのは、IoTにより取得したデータを活用するという点にあります。デジタルツインにIoTデータを結び付けることで、現実の実態に即したリアルタイムでの高度なシミュレーションや、遠隔保守、生産の最適化・効率化などの実現が容易になってきたのです。

 IoTによって収集したデータをコンピューターや人間が最大限に活用するための仕組みとしては、多くの要素技術が関わっています。

 (1)現実世界を正確にとらえるセンシング技術、(2)収集したデータを瞬時にクラウドに送信する5G(第5世代移動通信サービス)に代表される通信技術、(3)大量に蓄積されたデータを効率よく処理するビッグデータ技術、(4)ノイズの多い大量のデータの中から自律的に知見を導き出すAIやコンピュータビジョンの技術、(5)複雑な情報を人間にわかりやすく自然な形で表現する3D/VR(Virtual Reality:仮想現実)/AR(Augmented Reality:拡張現実)といった視覚化技術などです。

 それぞれの技術分野の成熟が進み、デジタルツインの成果を利用するためのハードルが低くなってきたことが、産業界へのデジタルツイン適用を可能にしたのです。

社会課題がデジタルツインを求めている

 種々の技術の進化の結果として、デジタルツイン実現の機運が高まってきました。一方で、デジタルツインを必要とする世の中のニーズが増えてきていることも見逃せません。

 ビジネスに目を向けると、変化の激しいビジネス環境で企業が競争力を高めるためには、投資に対する効果の最大化が急務です。最新データに基づくデジタルツインを活用することで会社の現状を正確に把握し、決断のサイクルを早く回す能力をつけることは、コストの削減と収益の最大化の両面で投資対効果の向上に貢献します。

 従業員の生産性向上や働く環境の改善においては、情報へのアクセス障害を取り除くことや、データに基づいた一貫性のある継続的な施策の実行が欠かせません。ここにもデジタルツイン活用の機会が多くあります。

 そして消費者の志向が変化し、大量生産する製品から、サービスや体験に価値の重点が移り変わる中、顧客やパートナー企業との接点を増やす必要性も高まっています。そこでも、現実とデジタル世界の両面でタイムリーにフォローアップするために、デジタルツインの活用が大きく期待されています。