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日本のデジタルイノベーションに向けて乗り越えるべき3つのポイント【第10回】
筆者が福島県会津若松市でスマートシティに取り組み約10年が経つ。その間に、地域のデジタルイノベーションにおける課題だと認識してきたものが3つある。それらがデジタル化を推進しづらい環境を生み、政府も民間も積極的に推進しづらくした。その課題にどう取り組み解決すればよいのか。筆者が大切にしてきたビジョンである「オープン・フラット・コネクテッド・コラボレーション・シェア」を前提に解説する。
スマートシティに取り組むなかで筆者が地域のデジタルイノベーションにおける課題だと認識してきたのは、(1)デバイド(格差)への過剰な配慮、(2)個人情報保護法への対応、(3)マイナンバーの限定的な活用範囲の3つである。それぞれについて、その解決に向けた考え方を述べる。
課題1:デバイド(格差)への過剰な配慮
急速に進展するインターネット社会において、デジタルデバイド解消を目指す動きが広まっている。すべての人がデジタルの恩恵・利便性を享受できるようにするのが目標だ。
デジタルデバイド問題を解決するためには「推進」と「配慮」を切り分けて考える必要がある。そのうえで、全体としてデジタルの恩恵を享受しつつ、誰をも取り残さないようにするにはどうすれば良いかと考えていくべきだ。しかし実際には、デジタルイノベーションに対する反対意見がクローズアップされ、その進展が阻害されてきたのではないだろうか。
スイスのビジネススクールであるMID(国際経営開発研究所)が公表した2021年の「世界デジタル競争力ランキング」において、日本の総合順位は64カ国・地域中、28位である(2020年は27位。関連記事)。これは、2017年の調査開始以降、最も低い順位であり、中国や韓国、台湾など東アジアの諸国・地域との格差は鮮明だ。こうした背景もあり、日本政府は自らを「デジタル後進国」を認め、デジタル庁を創設することになった。
2021年9月にデジタル庁が設立され、まず取り掛かっている国民向けサービスの1つが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に向けたワクチン接種をデジタルに記録する「ワクチンパスポート」の発行だ。経済活動を再開させるための活用と、ワクチンを接種しない人や、できない人への配慮とのバランスを一緒に考える必要がある。
しかし、国や自治体は、ワクチンパスポートを活用した経済活動の再開を打ち出すと、接種しない人・接種できない人への差別問題が勃発することを懸念するあまり、動きが鈍いように映る。政府は2021年11月16日に「ワクチン・検査パッケージ」制度の要綱をまとめ、自治体への周知を始めたが、政府が発行するワクチンパスポートより先に、民間や地方自治体による個別対応が先に始まっているのが実状だ。
「推進」と「配慮」を切り分けることで、誰をも取り残さずに恩恵を受けられるように考えた例として、会津若松市の取り組みを紹介したい。
会津若松市では、オプトイン(市民から事前に承諾を得る)を前提にスマートシティを推進している。この考え方を基に、ワクチンを接種することも、接種しないことも差別ではなく区別している。結果、2021年10月末時点で、市民の86%が2度目のワクチン接種を終えている。
その間には、ワクチンパスポートの活用を考える市民集会も開催した。市民集会には、飲食店や旅館、酒造メーカーの経営者、医療・教育・行政の関係者らが参加した。推進派の営業部門と抑制派の健康福祉部門などが同席した。さらに、この問題を知り一緒に考えてもらうために、地元のマスコミ各社にも参加いただいた。
このような集会をあえて開いているのは、オプトイン社会を進めるために、行政が一方的に決めるのではなく、起きている課題の多くを市民に“自分事”として考える習慣を養っていきたいからだ。各種のデバイドをなくすためには、誰もが自分事としてオープンに議論する場が重要である。
今後も市民集会を重ねながら、約9割の市民を対象に経済活動を推進するとともに、残り1割の市民にも必要な対策を打つことを考えている。「1割の市民にも9割の市民にも配慮することが大切だ」という考え方が、今後のイノベーションには重要になるだろう。
日本はこれまで、少数派に配慮するが故にデジタルイノベーションの推進を止めてきた。「オープン・フラット・コネクテッド・コラボレーション・シェア」の5つのビジョンのうち、2番目の「フラット」の本質は、イノベーションを大切にしながらデバイド問題も解決することを示している。デバイド問題への配慮から全体のイノベーションを止めてはならないのである。