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ディープデータこそが市民の行動変容を促す【第11回】
企業が収集したデータは地域の“共有財産”
そのころ日本の国会では、スーパーシティ法案成立のための議論の真っ最中だった。トロントの事例は、地域を丸ごと先端デジタル化を推進するための「スーパーシティ国家戦略特区」の制度設計にも大きな影響を与えた。各地域の申請条件に住民合意を取ることが明確になったのだ。つまり、オプトイン前提か、オプトアウトでも住民の合意を必要とする実質オプトインが前提になった。
2050年までのカーボンニュートラルを実現するために必要なエネルギーの消費データや、健康長寿国への転換を実現するためのヘルスケアデータ、個性を尊重し可能性を引き出す教育改革を実現するための教育データなどなど。日本がデジタル化を推進する目的を達成するために必要なデータの多くは、市民が発生源である。
これらデータがなければデジタル化は推進できない。個人情報は個人情報保護法で利活用の対象が限られており、匿名化したビッグデータでは、すべての目的は達成できない。であれば、市民の意志で、自分や家族、地域、次世代のためにデータを活用することを積極的に許容するオプトイン社会が必須条件になる。データ活用の本質を実現するためには、「データは誰のものか」をはっきりさせておかなければならない。
会津若松市のスマートシティでは、プロジェクト推進の中心に位置する企業が市内にある戦略拠点「スマートシティAiCT」に入居している。その入居条件には「データは地域の共有財産である」という重要なルールが明記されており、すべての企業がこのルールに合意している。自ら収集したデータを独占したがる企業は、会津若松のプロジェクトには参加できない。
企業が単独で特定サービスのデータを集めても地域全体のデータにはならず、データによる地域経営は成就できない。ユーザーと企業の“二方良し”のビジネスモデルから、地域を中心に組み替えた“三方良し”のビジネスモデルに変えるという経営判断の下、「データは地域の共有財産とする」ことを理解・許容することでプロジェクトへの参加が認められる。そうすることで地域再生のためのエコシステム体制が構築できるのだ。
その恩恵として、プロジェクトに参加する他の企業が収集したデータも活用可能になり、単独企業では成し得なかった新たなサービス開発のアイデアが生まれていく。そして市民も、スマートシティのためのサービスを個々に評価し、サービス単位でオプトインする。そうしたデータの集合体がスマートシティにおける地域全体のディープデータになるのである。
地域はトラストな関係持つ家庭の集まり
そしてディープデータは市民の行動変容を促す。会津若松で取り組んだ省エネプロジェクトでは、各家庭の分電盤にセンサーを設置し、消費電力の情報を収集。それを会津若松のスマートシティプロジェクトのメンバーが分析したうえで、省エネのためのアドバイスを市民に提供した(関連記事)。
一般的な月に1度の利用量のお知らせでは、どうすれば節電できるのかが分かりづらい。消費電力を利用者のスマートフォンに、ほぼリアルタイムでグラフ表示すことで行動変容を促せる。ディープデータの活用により、最も効果が得られる夏季には消費電力を27%削減できた。
これが、オプトインによるパーソナライズされたインタラクティブな関係の構築である。その成果を体験した市民はオプトインへの理解を深め、市民と行政の距離は一気に縮まり“トラスト”な関係になっていく。
こうした行政とトラストな関係を持つ家庭の集まりが地域だ。会津若松は省エネを実現した街であると同時に、SDGs(持続可能な開発目標)にいち早く向かっている町だともいえる。市民主導で実現されたスマートシティはオプトイン社会である。
データは明確な目的をもって集めるべきで、その目的を実現するためのデータセットやデータの所有者、収集方法もはっきりさせなければならない。データの所有者は市民であるケースが多いだけに、オプトイン社会が必要だと考えるべきである。データの本質を見誤ってはならない。
中村 彰二朗(なかむら・しょうじろう)
アクセンチュア・イノベーションセンター福島 センター共同代表。1986年よりUNIX上でのアプリケーション開発に従事し、オープン系ERPや、ECソリューション、開発生産性向上のためのフレームワーク策定および各事業の経営に関わる。その後、政府自治体システムのオープン化と、高度IT人材育成や地方自治体アプリケーションシェアモデルを提唱し全国へ啓発。2011年1月アクセンチュア入社。「3.11」以降、福島県の復興と産業振興による雇用創出に向けて設立した福島イノベーションセンター(現アクセンチュア・イノベーションセンター福島)のセンター長に就任した。
現在は、震災復興および地方創生を実現するため、首都圏一極集中からの機能分散配置を提唱し、会津若松市をデジタルトランスフォーメンション実証の場に位置づけ先端企業集積を実現。会津で実証したモデルを「地域主導型スマートシティプラットフォーム(都市OS)」として他地域へ展開し、各地の地方創生プロジェクトに取り組んでいる。