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「良いCXをもたらすためのAI」の提供価値(基盤用AIその1)【第4回】

中野 正人(ジェネシスクラウドサービス ソリューションコンサルティング本部・本部長)
2021年10月4日

より多くのパラメーターから顧客とオペレーターをマッチング

 ルーティングの基本は、オペレーターと顧客のそれぞれが持ついくつかのパラメーターを突合させることで、最適な組み合わせを選ぶことだ。

 従来、オペレーターのパラメーターとしては、対応スキルや対応言語、在籍年数といった粗さだった。一方、顧客側のパラメーターは主に、選択した音声で自動応答するIVR(Interactive Voice Response)のキュー、あるいは顧客の電話番号に基づく新規顧客か既存顧客か程度だった。顧客対応に熱心な企業であれば電話番号から製品の購入履歴などをパラメーターに加える場合もある。

 いずれにしても、顧客の人となりが分かるほどの粒度の情報をルーティングに利用している例は、まだまだ少ないのが現状であり、これがコンタクトセンターの仕組みとしては限界だと考えられてきた。

 こうした状況を打開できる可能性を持つのがAI技術を使ったルーティングである。これまでより、はるかに粒度が細かい多数の情報をパラメーターに最適な組み合わせを選択できるからだ。

 AI技術を使ったルーティングでは、上述した従来のパラメーターに加え、表1
に挙げるようなパラメーターを扱える。実際には、個々の企業が有する特徴的な情報が加味されるため、パラメーターはさらに増える。

表1:AI技術を使ったルーティングが扱うパラメーターの例
オペレーターのパラメーター顧客のパラメーター
・基本情報(男女別・居住地など)
・研修履修履歴とテスト成績(最新スキル状況の自動取得/言語テストの成績など)
・基礎的な効率性KPIのすべて(ASA=Average Speed of Answer:平均応答速度、AHT=Average Handling Time:平均応対時間、初回解決率など)
・全応対履歴とNPS(Net Promotion Value:顧客ロイヤリティ指標)スコア
・基本情報(男女別・居住地等)
・顧客基本属性(得意客/クレーマーの別など)
・顧客階層(LTV=Life Time Value:顧客生涯価値)
・最新購入製品と購入後の日数
・顧客履歴
・以前に対応したオペレーターに付与したNPSスコア

 これらのパラメーターを元に、AIルーティングは以下のように動作する。

①顧客からの入電を検知
②仮にすべてのエージェントが応対した場合のスコア(顧客満足度や生産性など基準は任意)を算出する
③算出したスコアを比較し、最もスコアが高いオペレーターにルーティングする
④その最高スコアを出せるエージェントが、他の顧客に応対中の場合、そのオペレーターのAHT(Average Handling Time:平均応対時間)から残り応対時間を計算する
⑤計算した残り応対時間を顧客が我慢できる範囲であれば、着信を遅らせてでも、そのオペレーターにルーティングする

 ①〜③の動きだけでも、パラメーターの数を考えれば、従来のルーティングとはケタ違いに丁寧な対応が実現できる。さらに④〜⑥の動作は、限られた時間内ではもはや人間が追従できるレベルではない。

ルーティングのパラメーターは人の感性示す“相性”へ近づく

 前回、オペレーターと顧客のマッチングについて、“相性”という言葉を使って表現したが、あながち間違っていないのではないだろうか。④〜⑥の動作は“気配り”と呼べるレベルにあるとも言えるからだ。

 その気配りも、過去データによる予測に基づいており、最善のCXを提供できるであろう組み合わせを瞬時に計算し実行することで、顧客は、よりパーソナライズされた体験を得られる機会が増えていく。従来の顧客が満足できるCXは“偶発的”に起こっていたとすら言える。

 実際、AIルーティングを導入した企業では、顧客満足度のスコアが上昇しただけでなく、オペレーターの就業意欲が向上したというケースもある。AIルーティングが稼働した日を境に、オペレーターが受ける電話が、各人が最も得意とするタイプの問い合わせが急増し、「自分がスーパーマンになった気分を味わえた」というのが、その理由だ。

 またAIルーティングが現状、最も機能しているのは、金融機関の督促シーンだとされる。督促業務は、督促担当者と債権者の“相性”が成績に最も出やすく、督促リストの順番に電話をかけるよりも、AIシステムが算出した相手に自動で架電したほうが成績が向上するのは想像に難くない。

 AIルーティングは、顧客に良いCXを提供するだけでなく、コンタクトセンターの運営にも大きな変化をもたらす可能性を持っている。従来のルーティングが過去の結果を元にオペレーターと顧客の組み合わせをチューニングしていくのに対し、AIルーティングでは設定したゴールを実現するために最適な組み合わせを計算によって探索するという、全く逆のアプローチを採るからだ。

 AIルーティングのゴールは、企業がそれぞれに設定するKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)である。通話時間の短縮や転送の削減、顧客満足度の向上、アップセルの成功数/成功率などだ。そのゴールを達成するために、AIシステムが過去の対応結果から最適な組み合わせを計算する。さらに、計算結果による成果も学習要素にすることで、マッチングの精度を高めていく。

 こうした仕組みの下では、従来のオペレーターのスキルや顧客の問い合わせ内容などではない意外なパラメーターがゴールの達成を大きく左右する要因であることに気付かされる可能性が高い。そのパラメーターは、様々な経験だったり、人の属性や性格、個性だったりと、ますます“相性”を示すものになるのかもしれない。

 処理件数や正確性など可視化・数値化が容易なKPIだけで判断されていたオペレーターの評価が、働く一個人として顧客にどれだけ共感的なCXを提供できるかに代わる可能性もある。