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都市のデジタル化と3DモデルBIMの必要性【第1回】

東 政宏(BIMobject Japan 代表取締役社長)
2022年6月6日

国土全体をBIMモデル化するシンガポール

 BIMを街づくりに活用しているケースにシンガポールがあります。2013年には、公共工事おけるBIMの使用を義務化。2016年には国土全体をBIMモデル化する「バーチャル・シンガポール計画」を発表しました。都市計画や住宅開発、環境など様々な領域でBIMモデルを使ったシミュレーションへの取り組みを進めています。

 シンガポールでは建設業の生産性が重要視されています。建物を設計する際に容易に建設できるかどうか、すなわち生産性の高さを測る制度があるほどです。限られた国土と資源のなかで、効率的な街づくりのために早くからBIMを取り入れたのです。

 こうした取り組みもありシンガポールは、スイスのビジネススクールIMDの世界競争力センター(World Competitiveness Centre)が発表する世界競争力ランキングで、2019年と2020年には2年連続トップになりました。

 日本でも、BIMの活用が広がってきています。なかでも2018年に完成した東京・渋谷駅周辺の駅前再開発プロジェクトは大規模な適用例です。渋谷駅周辺は、幹線道路が密集し人通りも多いエリアです。大きな商業施設も複数存在します。

 同プロジェクトにおいて、地上の商業施設は建設工事、複数の商業施設をつなぐ地下のトンネルは土木工事です。地中にはガスや水道の配管もあります。これらを損傷することなく工事を進めるために、プロジェクトを立体として確認するための3DツールとしてBIMが活用されています。

 ただBIMの適用範囲は建築工事です。土木工事には3Dモデルとして「CIM(Construction Information Modeling:シム)」が利用されています。CIMは、橋や道路などの土木工事を対象に、調査・測量から設計、施行、検査までの一連のサイクルにおいて、関係者間が3Dモデルを使って情報を共有し、プロセスの効率化・高度化を図る考え方です。

 渋谷駅周辺の再開発は、BIMモデルとCIMモデルを融合し、精緻な設計に基づく施工により、非常に複雑で困難な工事を進めました。冒頭に挙げた政府のデジタルニューディール政策では、BIMとCIMとを一括りにして活用する「i-Construction」という考えを国土交通省が発表していますが、渋谷駅周辺のプロジェクトは、2019年度の「i-Construction 大賞」の優秀賞を授賞しています。

 さらに国交省は2020年4月から、3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化を目指した「Project PLATEAU(プロジェクト プラトー)」を始動しました。すでに全国で複数都市の3D都市モデルが整備され一般公開が始まっています。

 日本もシンガポールほどではないかもしれませんが、都市部では狭い土地に人も建物も密集しています。渋谷駅周辺プロジェクト同様に、BIM/CIMモデルを活用していく必要があるでしょう。その意味でも、Project PLATEAUには新しい可能性を強く感じます。

BIMが建物を“箱”から“空間”に変えていく

 従来、建物のイメージは、それぞれが独立した“箱”のようなものであり、どこか1社が作りあげる対象だったのではないでしょうか。それが最近は、デジタルトランスフォーメーション(DX)への取り組みを背景に、建設業内でのJV(Joint Venture)の段階を超え、様々な業界の会社が“ゆるく”つながりながら、1つのプロジェクトを進める事例が増えています。

 そこでは、BIMを媒介に、種々の情報が業界をまたがってやり取りされ始めています。IoT (Internet of Things:モノのインターネット)の仕組みにより、家電などの機器や、私たちの健康状態などのデータ化も進みはじめました。BIMによりデジタル化された建物は今後、私たちの生活や医療・行政などが提供する外部サービスなどともつながる空間になっていくでしょう(図4)。

図4:BIMを媒介に建物はヒトや各種サービスとつながる空間になっていく。図はIoT(モノのインターネット)システムと連携し、デバイス上で照明器具をクリックすると点灯/消灯する仕組みの例

 その意味で、BIMを使った建設は、単に建物を建てるだけでなく、空間を創造することへと変わっていきます。すでに欧米などでは、BIMは住空間をデジタルで表現する「空間シェアリングサービス」のための仕掛けへと進化し始めています。日本でも近い将来、BIMが壮大な空間シェアリングのデータベースになると筆者は確信しています。

 さらにBIMでは、仮想空間でのシミュレーションにより、私たちはより効率的・効果的な仕組みだけを現実世界に再現できるようになります。建物はもとより、人間や周辺環境を含めた、より良い状態を作り出すことで、より安全に住み続けられる街づくりが可能になるのです。

 建物・空間をデジタルで表現できるBIMは、現実世界をモデル化して終わりではありません。より多くの場面に拡張・活用していくことで、人間の想像力を高めるだけでなく、経済効率やコミュニケーションなどにも好影響を与えられるでしょう。

 次回からはBIMの機能や活用方法を、より詳しく説明していきます。

東 政宏(ひがし・まさひろ)

BIMobject Japan 代表取締役社長。1982年石川県生まれ。近畿大学理工学部卒業後、2005年野原産業入社。見積もりから現場施工までアナログ作業が多い建材販売の営業職を長く経験。その後、新製品拡販のWebマーケティングで実績を残す。2014年頃から建設業界のムリムダを解決するにはBIMが最適と実感し事業化を検討。2017年スウェーデンのBIMデータライブラリー企業とBIMobject Japanを設立し現職。2020年7月からは野原ホールディングスVDC事業開発部部長を兼務し、AI(人工知能)技術を使った図面積算サービス「TEMOTO」の開発や、3Dキャプチャー技術を持つ米Matterportの国内正規販売代理など、デジタル技術と現場経験を掛け合わせた次代の建設産業の構築を目指している。