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  • DX時代の障壁と突破口

DX推進の“壁”を乗り越えるにはDXガバナンスを味方にする【第10回】

塩野 拓、山崎 智彦(KPMGコンサルティング)
2023年5月22日

本連載ではこれまでに、日本企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進において重要な「戦略立案」「組織構成」「人材要件」、そして「DX出口戦略」のあり方について解説してきた。最終回となる今回は「DXガバナンス」について解説する。

<今回のポイント>

  • 全社DXを進めるうえで最も重要なポイントの1つが「DXガバナンス」である。現場リーダーはDXガバナンスを味方につけることで、自部門のDX推進を効果的・効率的にリードできる
  • DXガバナンスには「情報」「プロセス」「モノ(施策)」「カネ(予算/原資)」「ヒト(組織)」の5つの要素において、定義すべきポリシーやルールがある
  • 実効性のある「DXガバナンスモデル」を設計するためには、現場が持っている価値観を基に現場リーダーがDX推進組織と密に連携し、改善・是正のアイデアを継続的に提供することが重要である

全社DXの推進に重要なDXガバナンスのための5つの要素

 全社DXの推進にあって、実際にはさまざまな障壁が立ちはだかる。その壁は、これまで解説してきた「戦略」や「組織/人材」「テクノロジー」に係る方向性やフレームワークがいくら合理的で優れたものであっても、組織階層や部門間の関係性が複雑化すればするほど高くなる。このことを肌で感じている読者も多いのではないだろうか。そうした、さまざまな障壁を突破するうえで有効な手段となるのが「DXガバナンス」の策定である。

 DXガバナンスは、経営層や管理者層、一般社員層など、すべてのステークホルダーがDXの概念やDXの必要性に納得感を持ったうえで、協業的かつ継続的に全社DXを推進するための指針である。現場のDXリーダーにとっては、DXを効率的に推し進めるためのドライバーになりうる。それだけにDXガバナンスは、行動に対する制約や障壁と捉えず、味方にすべき対象なのだ。

 DXガバナンスを確立するための要素は、(1)情報、(2)プロセス、(3)モノ(施策)、(4)カネ(予算/原資)、(5)ヒト(組織)の5つである。それぞれにポリシーやルールを定義することが極めて効果的、かつ効率的であるとKPMGは考えている。加えて“あるべき”DXガバナンスにおいては、全社でDXを進めるうえでのポリシーやルール、定常的に状況をモニタリングするための手法やツールが明確に定義されるべきである。

 一方で、DXのドライバーとなるテクノロジーは絶えず進化し、かつ社会情勢の変化などによって企業の戦略は変化していく。その特性上、DX推進プロジェクトの開始に先んじて完全かつ最終的なDXガバナンスを策定することは不可能だと言える。そのためDXガバナンスは、DX専門組織とDXを推進する現場リーダーの対話によって、「柔軟に見直されるもの」であることを前提にする必要があると筆者は考える。

 以下では、現場のリーダーが自らのフィードバックによって変化させうるDXガバナンスを味方につけ、自身のチームを強力に率いていくために知っておくべきDXガバナンスの要諦について、5つの要素ごとに説明していく。

要素1:「情報」の可視化・透明化

 DXガバナンスを実現する「情報」は、可視化し透明性を高めることが求められる。つまりDXに関わる情報を一元化し、「どこで」「どのようなデジタルプロジェクトが推進され」「効果や投下コストはいかほどか」を明確にする。これがDXガバナンス確立の第一歩になる。

 情報の可視化・透明化が図られていない企業では、各事業部門が推進しているデジタルプロジェクトの進展や効果、投下されているコストといった、あらゆる情報が見えず、「DXがうまくいっているのかどうかも分からない」という課題を抱えてしまうことになる。

 そうした状況下で課題を解決するためには、プロジェクト推進のためのルールの制定が推奨される(図1)。具体的には、各事業部門が推進予定のデジタルプロジェクトを起案し、DX専門組織がその内容を精査し、情報を一元管理しつつモニタリング(プログラムマネジメント)し、場合によっては社内へ情報を発信するといったものである。

図1:DXガバナンスの確立要素「(1)「情報」のあるべき姿

 当該ルールの運用の成否は、各事業部門とDX専門組織のパワーバランスに左右される。各事業部門の発言力・決定権がより強い企業においては、DX専門組織はデジタルプロジェクトに関する情報の収集・モニタリングのみに当たる「ソフトガバナンスの施行」に留めることが重要だ。各事業部門の方向性を軌道修正するところまでは踏み込まず、助言やアドバイスのみを行う。

 反対に、DX専門組織の発言力・決定権が強く、DXをトップダウンで推進できる企業においては、起案されたデジタルプロジェクトに対し、「Go」か「No-Go」を決定する「ハードガバナンスの施行」が可能になる。モニタリングの結果、非効率・低効果な推進状況が検知・評価された場合には、プロジェクトの方向性の軌道修正を勧告・指示もする。