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物流現場を“コネクテッド”に変える携帯電話技術【第6回】

鈴木邦成(日本大学教授)、中村康久(ユーピーアール技術顧問)
2024年3月21日

現場の通信環境として携帯電話システムへの期待が高まる

 コネクテッドのための通信環境として期待が高まるのが、携帯電話システムです。スマホと共に人々の生活を一変させたという意味では、自動車と並ぶ20世紀最大の発明とも考えられます。第1世代のアナログ方式からスタートして以来、発展を続け、4G(LTE)、5G(第5世代移動通信)、Beyond 5G(いわゆる6G)、そして次世代PHS技術の「sXGP(Shared Next Generation PHS)」へと進化しています。

 商用サービスが始まっている5G通信のエリアが屋内外を問わず全国レベルで構築されれば、物流改善の大きな武器になるはずです。5Gの技術的特徴の1つである高速伝送性が有効だからです。

 高い高速伝送性の元では、複数のチャンネルを使用しても、それぞれで遅延が発生することなく、高精細な画像を双方向に遅れるため、高速な画像認識システムを使った検品システムなどの構築・導入が可能になります。また、パレット1つひとつが生成するデータ量は小さくても、例えば10万枚のパレットが1分毎にデータをクラウドに送信するためには、高速・大容量通信ができる5G通信が必要になってきます。

 一方、sXGPは、PHSと4Gの特徴を組み合わせた通信サービスです(図2)。今後、物流センター内でのクラウドへのアクセス手段や庫内の作業者間の連絡手段として有効な技術だと考えられています。

図2:sXGP開発のロードマップ

 ちなみに物流センターでは、建物自体は年々巨大化しているにも関らず、トラックが横付けするための開口部は限られています。結果として建物内部へは携帯電波がほとんど届きません。センター内で稼働するロボットなどの状態をクラウドに通信しようとしても携帯電話システムは使えないため、無線LANなどを併用する必要がありますが、効果は限定的です。

国際物流では衛星通信やロギング技術も併用

 トレサビリティ機能は国際物流の現場でも利用されています。国際物流における貨物輸送はコンテナ船が主流であり、そのコンテナにRFIDタグを装着し貨物を管理します。

 海上輸送で利用できる携帯電波の無線局免許は「陸上移動局」として付与されています。そのため実は、海上をカバーすることはなく、陸上にある基地局から電波が届く範囲でしか利用できません。ですので、外航船では、ほとんどのエリアで携帯電波は利用できません。

 海上をくまなくカバーできる無線通信は衛星通信しかありません。ただ近年は、低軌道衛星システム(LEO)や成層圏通信システム(HAPS)といった宇宙通信技術が進化してきました。これらを上手く利用すれば、国際物流の現場においてもコネクテッドな環境が実現できる時代が見えてきています。

 航空輸送でもトレーサビリティの高度化が進みつつあります。航空機内での電波の発信を禁止している航空会社が多いことから、フライト中は電波の発信を停止する仕組みが使われます。AT&Tが開発した「フライトセーフ」がそれで、端末内のセンサーが高度や離着陸時の振動などを感知し、飛行中は自動的に電波の発出をセーブします。

 なおRFID端末自体は、飛行中はロガー(デジタル観測装置)としてデータを取り続けられます。着陸後などにデータを送信すれば、出発地点から到着地点までの状態の変化を可視化できます。

通信インフラの構築もソフトウェア化が進む

 ところで、5Gネットワークについてエンドユーザーは、スマホやセンサーなど目で見たり手で触れたりできる対象でしか実感できません。ですが、その背後には、インテリジェントな通信基盤としての強大なネットワーク設備が日々、稼働しています。

 これまでの通信インフラの構築は、膨大な設備投資が必要なことから、資金力を持つ各国の大手通信キャリア主導で進められてきました。ですが、そのトレンドは5G時代を迎え、少しずつ変容しつつあります。5Gネットワークの特徴が仮想化とエッジ化にあり、通信インフラ設備が提供する機能がソフトウェアによってクラウド上で実現できてしまうからです。

 実際、米国の通信業界の盟主であるAT&Tは、自社で運営する5G向けコアネットワークを米マイクロソフトに売却すると発表し、世界の通信業界に衝撃を与えました。AT&Tは電話を発明したベル研究所を有し世界の電気通信サービスを100年以上にわたって牽引してきた老舗企業であるにもかかわらずです。

 過去、ネットワーク設備を自前で設計・構築し運営・保守してきた世界中の通信事業関係者にとって、AT&Tがマイクロソフトのクラウド上にコアネットワークを移行すると判断したことは、通信事業の根幹が設備投資事業からソフトウェア開発・維持事業に大きく変換することの象徴です。この流れは止められないでしょう。

鈴木 邦成(すずき・くにのり)

日本大学教授、物流エコノミスト。博士(工学)(日本大学)。早稲田大学大学院修士課程修了。日本ロジスティクスシステム学会理事、日本SCM協会専務理事、日本物流不動産学研究所アカデミックチェア。ユーピーアールの社外監査役も務める。専門は、物流・ロジスティクス工学。主な著書に『物流DXネットワーク』(中村康久との共著、NTT出版)『トコトンやさしい物流の本』『シン・物流革命』(中村康久との共著、幻冬舎)などがある。

中村康久(なかむら・やすひさ)

ユーピーアール技術顧問。工学博士(東京大学)。NTT電気通信研究所、NTTドコモブラジル、ドコモUSA、NTTドコモを経て現職。麻布高校卒業後、東京大学工学部計数工学科卒業。元東京農工大学大学院客員教授、放送大学講師。主な著書に『Wireless Data Services-Technology、 Business model and Global market』(ケンブリッジ大学出版)、『スマートサプライチェーンの設計と構築』(鈴木邦成との共著、白桃書房)、『シン・物流革命』(鈴木邦成との共著、幻冬舎)などがある。