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- シン・物流、DXで変わるロジスティクスのこれから
サプライチェーン戦略を左右するAI需要予測の進化【第10回】
需要予測精度が高まればビジネスモデルも大きく変化する
AI需要予測では、日時によるデータの変化を示すカレンダー要因や、在庫や貨物の属性に基づく入出荷高との関連性や相関性などを抽出することで、予測精度を高めています。これまでより高い精度での需要予測が可能になれば、マーチャンダイジング(品揃え)のみならず、ビジネスモデルも大きく変化していく可能性があります。
例えば、スーパーマーケットのライフコーポレーションは、ITベンダーのBIPROGY(ビプロジー:旧日本ユニシス)と共同開発したAI需要予測による自動発注の仕組みを導入しています。販売実績や気象情報、企画情報などのデータから店舗の商品発注数を自動で算出します。発注量を適正化することで欠品や廃棄ロスの悪化を、これまで以上に効果的に防止するのが目的です。
今後、AI需要予測の技術が発達し、近未来だけではなく、ある程度距離のある未来についての予測が可能になれば、SCMの考え方自体を変える可能性も出てきます。
例えば、需要予測精度が高ければ、「リートタイムが緩やかで、在庫を多めに抱えている、比較的長いサイクルの商品」でも売れ残りを心配しなくてよくなります。リードタイムが長く在庫を多めに持っても構わなければ、より一層のコストダウンを図れるケースも増えるでしょうし、商品のライフサイクルが長くなれば生産効率の向上につながります。
従って、AI需要予測の精度向上がビジネスモデルの大きなイノベーションに結び付く可能性は極めて高いといえるでしょう。「明日の天気しか分からない」状況から「半年先の天気も分かる」レベルに切り替わるようなイメージです。
量子コンピューターや量子インターネットが精度をさらに高める
さらにAI需要予測のデータ処理速度が高まれば、精度も高まります。つまり、5G(第5世代移動通信)よりも6G(第6世代移動通信)のネットワーク環境、あるいは量子コンピューターの導入が、需要予測精度をさらに高めます。
既にキユーピーは、総菜工場における大人数の従業員の作業シフトを量子コンピューターを用いて作成しています。熟練の担当者が30分かかる作業シフトの作成が1秒で完了します。ビッグデータを扱う需要予測においても量子コンピューターを使うことで、そのスピードも格段に速くなります。
内閣府が発表した『量子技術イノベーション戦略最終報告』は、量子インターネットについて2030年までに基本機能を実証するとしています。現行のインターネットが量子インターネットにシフトしていく時代に突入すれば、AI需要予測の精度は、ますます高まることになるでしょう(図2)。
そうなれば、在庫管理に関する方針や戦略、サプライチェーン全体の戦略構築なども大きく変わっていきます。近未来の状況を念頭に置きながら、AI需要予測の周辺強化という意味合いから、ビッグデータを集約することになるサプライチェーンの各領域のデジタルシフトを着実に推進していく必要があります。
AI需要予測の導入効果は、物流の効率化だけに留まりません。在庫管理や受発注管理の効率化に加え、商品開発や生産計画、販売計画なども、リードタイムや納期に対する考え方や方針の変化により新たな常識が生まれるかもしれません。それは、サプライチェーンの常識を大きくアップデートする動因としてシン・物流の推進力になり、ビジネスモデルを大きく刷新することでしょう。
鈴木 邦成(すずき・くにのり)
日本大学教授、物流エコノミスト。博士(工学)(日本大学)。早稲田大学大学院修士課程修了。日本ロジスティクスシステム学会理事、日本SCM協会専務理事、日本物流不動産学研究所アカデミックチェア。ユーピーアールの社外監査役も務める。専門は、物流・ロジスティクス工学。主な著書に『物流DXネットワーク』(中村康久との共著、NTT出版)『トコトンやさしい物流の本』『シン・物流革命』(中村康久との共著、幻冬舎)などがある。
中村康久(なかむら・やすひさ)
ユーピーアール株式会社技術顧問。工学博士(東京大学)。NTT電気通信研究所、NTTドコモブラジル、ドコモUSA、NTTドコモを経て現職。麻布高校卒業後、東京大学工学部計数工学科卒業。元東京農工大学大学院客員教授、放送大学講師。主な著書に『Wireless Data Services-Technology, Business model and Global market』(ケンブリッジ大学出版)、『スマートサプライチェーンの設計と構築』(鈴木邦成との共著、白桃書房)、『シン・物流革命』(鈴木邦成との共著、幻冬舎)などがある。