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サプライチェーン戦略を左右するAI需要予測の進化【第10回】

鈴木邦成(日本大学教授)、中村康久(ユーピーアール技術顧問)
2024年5月23日

サプライチェーンの効率を高めるには、在庫や入出荷、販売などに関する情報の共有が重要です。「必要な商品を、必要なだけ、ムダ・ムラ・ムリなく供給していく」というSCM(サプライチェーンマネジメント)の考え方を具現化するためには、「どの商品が、どれくらい必要になるか」を予測しなければなりません。すなわち需要予測の精度が問われるのです。特に最近は、機械学習のアルゴリズムを用いたAI需要予測への期待が高まっています。

 ビジネスのグローバル化や地球温暖化対策への取り組み、昨今の地政学的リスクの高まりなどを背景に、あらゆる産業でサプライチェーンの見直しやレジリエンス(耐性)を高める動きが始まっています。

 サプライチェーン戦略は、「どの商品が、どれくらい必要になるか」という需要予測の精度に大きく左右されます。この「需要を予測する」ことは、すなわち「未来に起こることを知る」ということです。しかし当然のことながら、未来には未確定要素が数多く存在し、簡単には予測できません。

 そこで、「これまで、これくらいの量が売れたから、今後も同じ程度には売れるはずだ」「売上高が徐々に増えているから、今後も同様のペースで増えるだろう」など、ある時点での実績をベースに何らかの法則性を見出して予想することが出発点になります。

 この精度を高めるための工夫が、これまでもなされてきました。それが、過去のデータを元に分析する時系列分析法や、求めたい解の中心になるデータの前後にあるいくつかのデータの平均を取る移動平均法、過去にデータ算出した予測値を用いる指数平滑法、関連情報の因果関係などを根拠に予想する回帰分析といった需要予測の方法です。

 一方で、精度を高めようとするときに確実に言えることが1つあります。「遠い未来よりも近未来のほうが予測しやすい」ということです。1年先よりも1時間後のほうが予測精度は高まります。これを物流的に表現すれば、「リードタイムが短く、在庫は最小限に持ち、商品は短いサイクルで売り切る」ということになります。

 このモデルに沿った商品が、「必要なときに、必要なモノを、ムダ、ムラ、ムリなく供給する」というSCM(サプライチェーンマネジメント)のコンセプトに最も適しているというわけです。

サプライチェーンのビッグデータの醸成がAI技術の適用を可能に

 さまざまな工夫がなされてきた需要予測ですが、従来のシステム環境では、予測に、かなりのブレが発生するリスクがありました。これに対し最近、特に注目されているのが、AI(人工知能)技術を使った需要予測です。クラウド型の情報システムの普及と高度化により、サプライチェーン上にあるビッグデータの有効活用が可能になってきたことと、昨今のAI技術の急速な進歩を受けて、需要予測における精度を高められるとの期待が高まっています。

 AI需要予測の発達は、企業のサプライチェーン戦略に大きな影響を与えます。図1は、コンビニエンスストアの需要予測モデルシステムを想定した例です。既存の需要予測システムでは、POS(販売時点情報管理)データを元に売上高の推移や売れ筋商品を把握し、そのデータから需要を予測していました。

図1:コンビニエンスストアにおけるAI需要予測システムの活用範囲の広がり

 これに対しAI需要予測システムでは、POSデータに加え、店舗を訪れている訪問客の様子を画像や動画データとしてリアルタイムに取り込み、今の店舗の状況の分析が可能になります。近未来のイベント情報や消費動向、株価といった景気動向などもビッグデータとしてクラウド上での分析が可能です。最適化を図るための重み付けとしてハイパーパラメーターを設定し、最適な機械学習モデルを選択すれば、需要予測の精度は格段に向上します。