- Column
- 製造DXの“今とこれから” 「Industrial Transformation Day 2024」より
ソフトウェア化が進む製造業には従来の“当たり前”を疑う発想の転換が重要に
「Industrial Transformation Day 2024」より、アーサー・ディ・リトル・ジャパン プリンシパル 濱田 研一 氏
付加価値競争の舞台はハードウェアからソフトウェアに移る
そこに、競争軸を変えて戦いを挑んできたのが第5世代に当たる米Googleの「Android」だ。Appleの垂直統合から外れた端末メーカーを束ねていった。「世代が上がるにつれ携帯電話の付加価値がハードウェアからソフトウェアへシフトした」(濱田氏)わけだ。
これと同様のソフトウェアシフトが自動車業界で起こりつつある。「ハードウェアとソフトウェアを融合した開発により、業界構造を変革するプレイヤーが続々と出現しているのが現状であり、その代表が米テスラである」と濱田氏は強調する。「ハードウェアのプラットフォームに加え、ソフトウェアも自ら開発し、すべての付加価値を取りにいこうとしている」(同)
他方、独フォルクスワーゲンは「サプライヤーと協力しOS(基本ソフトウェア)階層を作り、プラットフォーム上でサードパーティも活躍できる環境を生み出すことで、付加価値の源泉を狙っている」(濱田氏)という。「自動車をネットワークに接続するコネクテッドサービスに限れば、既に製品や機能だけでは競争力を担保できなくなりつつある」(同)からだ。
「良いものを作り売って終わりではなく、継続的に良いものを提供し続けるプラットフォームを構築し、新たな価値を生み続けるエコシステム化が求められている。ここに注視しなければ、携帯電話のように付加価値の源泉を失うことになる」と濱田氏は警鐘を鳴らす。
製造業を取り巻く環境も、「ソフトウェア領域の巨大化が進んでいる。特に自動車業界では既に、ハードウェアの開発工数をソフトウェアのそれが超えている。今後も拡大していくことは間違いない」(濱田氏)という。
アジャイル開発に取り組むには事業の仕組みや考え方の変革が前提に
ソフトウェアの巨大化や製品のエコシステム化などへのスピーディな対応に向けて、「自動車業界ではアジャイル(俊敏)開発の導入が進みつつある」と濱田氏は話す。従来のウォーターフォール開発では「連続的で明確なプロセスで進めるため開発精度は高いものの、時間がかかるという弱点がある」(同)からだ。
これに対しアジャイル開発では、変更を前提としたチーム体制を敷き、短いフィードバックループを反復的に繰り返しながら徐々に進化させていく。しかし濱田氏は、「いきなりアジャイル開発に移行できるわけではない。大元のビジネスの仕組みや考え方を変えなければ対応は困難だ」と指摘する。
ソフトウェア業界でアジャイル開発を先導しているGAFA(米Google、米Apple、米Facebook(現:米Meta)、米Amazon.com)について濱田氏は、「いかに組織として戦うかのビジネスアーキテクチャーと、いかに作るものを決めるかの意思決定構造、いかに速く作り不具合を出さないかの開発プロセスのそれぞれを一体化した組織運営を進めている」と説明する。
すなわち、(1)少人数で自律的に動ける組織を作る、(2)意思決定の権限を現場のチームに任せる、(3)品質を担保する仕組みを作ることで、「経営層と現場、そして機械的に判断すべきものをきちんと切り分けて回している」(濱田氏)のが特徴だ(図2)。
アジャイル開発を適用する際の日本の製造業の課題として濱田氏は、「GAFAのようなビジネスの仕組みや考え方が明確化されていない」ことを挙げる。「何を実現したいのかさえ分からないままの見切り発車ではアジャイル開発の成果は望めない。試行錯誤を重ね、達成したいゴールを定め、適切に権限委譲する体制づくりが絶対に必要」(同)なのだ。
そのうえで「これまでの“当たり前”を疑う発想の転換が重要になる」と濱田氏は指摘する。「日本の製造業の多くが、現地に足を運び、現物を見て物事を判断する『現地現物主義』」をベースにしており、すごく安心できるのは事実だ。作ったものを見れば最大かつ正確なデータを元に答えが導けるからだ」(同)
しかし濱田氏は、「デジタルであらゆるものがつながる時代、現地現物主義以上に、膨大で高精度なデータをバーチャル空間で見られるようになるかもしれない。暗黙的な了解にとらわれ、『大事な問題をとらえ損ねていないだろうか』という意識を持てば、守るべきことと変えるべきことが明確に見えてくるのではないか」と提案する。