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  • AI協働時代の技能継承のカタチ〜技と知を未来につなぐために〜

デザイン業務におけるディレクターの技能継承とAI活用【第6回】

西岡 千尋、濱口 菜々(アビームコンサルティング AI Leapセクター)
2025年11月11日

AI技術を活用したディレクターの技能継承

 こうした暗黙知レベルの技能は近年、AI技術によって部分的に支援されるようになってきている。過去の膨大なデータを学び、人の評価や反応との関係を統計的に分析することで一定の傾向を推定・把握できるようになったからだ。

 炎上や批判を受けた表現、成果を上げた広告やデザイン、修正を重ねて完成した成果物などに使用されているテキストや画像を横断的に学習し「どんな表現が誤解を招きやすいか」「どんな構成が評価されやすいか」「どんな修正が改善につながるか」といった傾向を統計的に学習・抽出する。

 こうした技術的進化によりAIシステムは、ディレクターが担ってきた次の3つの技能を、それぞれ異なる形で支援し始めている(図1)。

図1:ディレクターの技能がデザイナーに継承されることで、ディレクターの役割も変わっていく

AI活用による継承1:リスクを見抜く技能

 これまでディレクターの経験と感覚に依存していた「表現リスクの検知」が、AI技術によって部分的に再現されつつある。近年では、LLM(Large Language Model:大規模言語モデル)と画像認識技術を組み合わせたマルチモーダル分析が進化している。テキストや画像に含まれる差別的・不適切な表現、あるいは誤解を招く可能性のある内容を自動で検出し、注意喚起するツールが登場している。

 AIシステムはSNS(Social Networking System)投稿や広告事例など膨大なデータを学習し「どのような表現が炎上や不快感につながりやすいか」を統計的に判断する仕組みを備えている。これにより、制作初期の段階で潜在的なリスクを特定し、人間の最終判断を補助できるようになった。ただし、風刺や皮肉、文化差異など、文脈理解を要する高度な表現にはまだ限界があり、最終的な判断は人間が担う必要がある。

AI活用による継承2:質を見極める技能

 ディレクターが長年の経験で培ってきた「何が良いかを見抜く力」も、AI技術によって一部サポートされている。例えば、過去の成果物と効果指標(クリック率・エンゲージメント率など)を学習し、どのデザインやコピーがより高い評価を得たかを分析する仕組みが広がっている。

 こうしたモデルは、レイアウトや配色、構成要素のバランスといった視覚的特徴を解析し「成功しやすい傾向」を定量的に提示する。その背景には、生成AIやRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)といった技術を活用し、過去の成功・失敗事例を横断的に参照し、定性的な“感性データ”を定量的に扱う試みがある。

 AIシステムは、感性そのものを持つわけではない。だが、これらの技術によって「良いとされる理由」を構造的に整理し、デザイナーが判断を裏づけながら制作を進める助けとなる。ただし最終的に「企画意図との整合性」や「ブランド世界観との調和」といった要素は、依然として人の判断に委ねられる領域である。

AI活用による継承3:改善へ導く技能

 制作物の課題を見出し、改善の方向を提示する技能も、AI技術によって補助されつつある。AIシステムは成果物の構造を解析し、理解しやすさや視覚的バランスといった目的に応じて「どの部分をどう直せばよいか」を提案できる。

 最近では、生成AIや説明可能AI(XAI:Explainable AI)が組み合わされ、単に修正案を提示するだけでなく、その意図や根拠を自然言語で説明する仕組みが登場している(図2)。例えば「色のコントラストを上げると可読性が高まる」「フォント階層を整理すると視線誘導が明確になる」といった助言を、その根拠とともに示す。

図2:AIシステムが修正案だけでなく、その判断理由を併せて説明することでデザイナーの学習にもつながる

 こうしたアプローチは、デザイナーがAIシステムの提案を鵜呑みにするのではなく、その背景を理解したうえで主体的に判断できるよう支援するものである。ただし、企画全体の方向性や複雑なトレードオフ判断は、まだ苦手とする領域であり、人のディレクションが欠かせない。

 これら3つの技能をAI技術が部分的でも支援することで、従来は経験豊富な個人に依存していた品質判断は、組織全体で共有・再現可能なものへと変化しつつある。つまり、AIシステムは“代わりに判断する存在”ではなく、ディレクターの経験や感性の背後にある判断構造を浮かび上がらせ、誰もがより良い判断を下せるよう“判断を支える伴走者”として、その輪郭を現し始めている。