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  • 今こそ問い直したいDXの本質

そもそも「DXのための文化」があるか、オープンと学び・試すの価値【第3回】

DXの根本的な部分に納得していないあなたへ

磯村 哲(DXストラテジスト)
2025年8月15日

「オープン」なことが第2の特徴「学び、試す」を生んでいる

 デジタル的な風土・文化のもう1つの特徴は「学び、試す」です。前回、デジタルの技術的な特徴は「つながる」と「データを使う」の2つだと指摘しました。これらの特徴に文化的な特徴である「オープン」を加えればどうでしょう。デジタルな環境では「世界中の人々とつながり、プログラムやノウハウが公開されており、データやAPIへのアクセスが可能で、膨大なデータから、さまざまな知見が得られる」ということになります。

 こうした世界においては、一人の人間がコツコツと貯めてきた知識や経験は小さなものになってしまいます。知らないことはネットを調べれば良いし、社外の詳しい人に聞けばいい。自社内にいない専門家を探し出し雇うことも難しくありません。大量データを学習させたAI(人工知能)システムは、たかだか10年、や20年の業務経験より、はるかに豊富で客観的な知見を有しています。

 その結果として、過去に「業界」と呼ばれていた知識や業務の分野は、その垣根が非常に低くなっていきます。米国ではAmazon.comの登場で大手小売りのシアーズやトイザらスが倒産しましたが、Amazon.comの創業者であるジェフ・ベゾス氏は小売業界の専門家ではありません。

 ホテル業界を脅かす米Airbnbも、タクシー会社の脅威になっている米Uber Technologiesも、それぞれの経営者は両業界の出身ではありません。英DeepMindは囲碁で世界チャンピオンを打ち負かし、タンパク質の構造予測でノーベル賞まで受賞しましたが、囲碁や生化学の専門家が起業した訳ではないのです。

 すなわち、デジタルの時代には業界の境目が曖昧になり、異分野出身の技術や企業が猛威を振るえるのは「学び」のためのハードルがぐんと下がるからです。何かを学ぶのに、もはや専門家に弟子入りしたり、図書館の入館許可を得たりする必要はないのです。

 加えて、学んだ結果を「試す」ハードルも下がりました。アプリケーションをオンライン販売するアプリストアに登録すれば自分が作ったソフトウェアを販売できるし、EC(Electric Commerce:電子商取引)への商品の出品もできます。試作品を作る資金が足りなければクラウドファンディングで資金を集めることすら可能です。

 専門家と非専門家の、職業人とアマチュアの、それぞれの境目がなくなってきたことは、製造者と消費者の境目がなくなると予言した未来学者であるアルビン・トフラー氏の「プロシューマ―(Producer:製造者とConsumer:消費者をつなぎ合わせた造語)」を想起させます。まさに情報社会が到来しつつあるということです。

デジタルが持つ技術面と文化面の両特徴の定着を目指す

 ようやく筆者が考えるデジタルの特徴が出そろいました。技術面としての「つながる」と「データを使う」、文化面としての「オープン」と「学び、試す」の4つです。

 これらの特徴は、それぞれが強め合う傾向にあります。つながるからデータが蓄積し、活用が進む。オープンにすることでエコシステムが形成され、つながりが増える。オープンなデータが蓄積されると異分野のことが学びやすくなる。さまざまなことを試すほどつながりも増えデータが蓄積する。

 こうしたポジティブフィードバックを回したいからこそ、DXの専門家は、技術だけでなく文化や風土の変革にも挑戦しようとするのです。言い換えれば、いくら、つながるための技術やデータ活用のための技術を導入しても、クローズドでは誰も寄ってこないような状態となり、データから得られる知見から学ばず新しいことを試さなければ、デジタルの真価は全く発揮されず、DXは失敗に終わるのです。

 前回と今回の論旨をなぞっても「結局のところ当たり前の一般論ではないか」という感想を持たれたかもしれません。

 ですが振り返ってみてください。自社は社内外と徹底的につながっているのか、データを自由自在に解析し結果が至る所で活用されているのか、エコシステム内で存在感を持ち続けられるようにオープンさと速度を磨き続けているのか、組織としても個人としても絶えず専門内外のことを学び試し続けているのか。

 これらを持続的に追求するのは本当に大変なことです。同時に、挑戦し甲斐のある楽しい仕事スタイルでもあります。技術だけでない文化や風土を備え、デジタルが自然に定着している会社になることがDXの本質だと筆者は考えています。

磯村 哲(いそむら・てつ)

DXストラテジスト。大手化学企業の研究、新規事業を経て、2017年から本格的にDXに着手。中堅製薬企業のDX責任者を務めた後、現在は大手化学企業でDXに従事する。専門はDX戦略、データサイエンス/AI、デジタルビジネスモデル、デジタル人材育成。個人的な関心はDXの形式知化であり、『DXの教養』(インプレス、共著)や『機械学習プロジェクトキャンバス』(主著者)、『DXスキルツリー』(同)がある。DX戦略アカデミー代表。