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  • 金融業界におけるAI時代の技術実装の道筋

「風が吹けば桶屋がもうかる」をAIで可視化、経済の物語が未来を予測する時代に

「Fintech Business Informatics 2026」より、北海道大学大学院 坂地 泰紀 准教授

森 英信(アンジー)
2026年3月9日

 この問題を解決するために坂地氏は、手がかり表現の意味同定という問題設定に取り組んだ。「ため」「から」などの手がかり表現を含む文が本当に因果関係を表しているかどうかを判定する。その精度は「米Googleが2018年に発表した自然言語処理モデル『BERT(バート)』を使うことで飛躍的に向上した」(同)という。例えば日本経済新聞の記事では94.3%、英語のSemEval(Semantic Evaluation)データセットでは96.7%、英ロイターのニュース記事で87.7%に高まった。

 因果関係があると判定された文からは、原因と結果の表現を抽出する。坂地氏は5つのパターンを定義した。日経新聞の記事の7割を占めるというパターンAは「原因表現 → 手がかり表現 → 結果表現」という最もストレートな形を指す。パターンBは結果表現が主部と述部に分かれる形、パターンCは原因と結果が倒置する形である。

 これらのパターン対応では、係り受け解析という技術を利用する。文を文節に区切り、どの文節が、どの文節に依存しているかを同定した上で、手がかり表現を核に原因と結果を抽出する。

 抽出された因果関係同士を自動的につなぐには「意味の似た表現を見つける必要がある」(坂地氏)。ただコンピューターは文章を直接比較できない。そこで、まず数値に変換した上で、2つの表現が、どれだけ似ているかを0から1の数値(類似度)で計算し、0.7以上のものだけを「つながっている」と判断すると設定した。例えば「COVID-19による来店客の減少」と「来店数が激減したため売り上げが減少」の類似度は0.82と計算され、自動的につながる仕組みである。

気候変動を対象にしたナラティブで感覚的な理解を可視化

 因果チェーン技術を経済ナラティブの分析に応用した成果は、2022年の日本銀行ワークショップで発表した。日銀の金田 規靖 氏との共同研究である。2000年1月から2021年11月までの気候変動関連記事を対象に、因果のつながりを指数化した「ナラティブインデックス」を構築した。

 同研究では「タグベースの指標」を構築した。「パリ協定により規制が強まった」という因果が「環境規制」タグの記事に含まれ、「規制強化のため新エネルギーへの資金が必要」という因果が「グリーンファイナンス」タグの記事に含まれていた場合、これら2つをつなぐことで、メタレベルで「環境規制がグリーンファイナンスに影響を与えている」という関係を可視化する。

 具体的な因果の連鎖も見えてきた。2006年8月に国連が判断基準を引き上げ、日本企業の排出権取得事業にリスクが浮上し、2007年11月には国内制度設計が停滞していると報じられた。そして2008年7月、企業に排出枠を設ける議論が高まる中、新日本製鉄と神戸製鋼が環境提携に踏み込んだ(図3)。「国の動きが鈍い中で、企業が独自に動き出したという流れが因果の連鎖から浮かび上がってきた」と坂地氏は話す。

図3:結合した因果関係の例。環境規制から企業戦略への気候変動ナラティブ

 2000年から2017年の平均と、2018年から2021年の平均を比較すると「ナラティブの構造は劇的に変化していた」と坂地氏は説明する。当初は国際会議や環境政策、エネルギー政策といった限定的なタグの間にしか、つながりがなかった。それが近年は、企業関連内や、金融政策・物価・景況感、自然災害へとつながりが多様化している。可視化により「国際議論から政策へという一方向だけでなく、政府から働きかける動きも見られた」(同)という。

 日銀ワークショップでは「当然のことではないか」という指摘もあった。ただ坂地氏は「その“当たり前”を初めて数値で示せたことが、この研究の価値だ」と応じたという。多くの人が感覚的に理解していた変化を、因果チェーンという手法で可視化・定量化できたのだ。

アナリストレポートの集積は景気全体を映し出す指標になる

 坂地氏は現在、ナラティブインデックスをアナリストレポートに応用している。2011年から2020年までの37万3050件のレポートを分析対象にした。アナリストレポートには株価予測やコメントが含まれる。坂地氏の仮説は「アナリストは個別銘柄を分析しているだけなのに、その集積が経済全体の動きを捉えているのではないか」というものだ。

 そこで、業種をタグとして扱い、業種間のナラティブ指数を構築した。例えば、自動車産業の低迷と鉄鋼業の減産といった業種を超えた因果のつながりの強さを数値化する。この指数と内閣府が発表する景気動向指数との相関を調べたところ、意外な結果が得られた。

 最も高い相関を示したのは、景気に遅れて動く「累積遅行指数」だった。相関係数は最大0.8に達した。遅行指数は景気の変換点を捉えやすいとされる。坂地氏は「どの業種間を見たとしても非常に高い相関が得られた」と説明する。

 アナリストたちは景気予測を目的に文章を書いているわけではない。担当銘柄を分析しているだけだ。それにもかかわらず「業種間の因果のつながりという形で集約すると、景気の転換を映し出す指標になる。これは専門家の集合的な認識が、無意識のうちに経済の実態を捉えている証だといえる」(坂地氏)

 坂地氏の研究は、気候変動ナラティブで人々の認識の変化を可視化し、アナリストレポート分析では景気との関連性を実証した。「今後は、景気動向指数だけでなく、さまざまな経済指標との関係性や先行性、遅行性を検証していきたい」と坂地氏は意気込みを隠さない。