- Column
- 金融業界におけるAI時代の技術実装の道筋
「風が吹けば桶屋がもうかる」をAIで可視化、経済の物語が未来を予測する時代に
「Fintech Business Informatics 2026」より、北海道大学大学院 坂地 泰紀 准教授
世界情勢の不安定化など既存の経済モデルでは予測困難な局面が増えている。そこで注目されているのがロバート・J・シラー博士が提唱する「ナラティブ経済学」だ。理論の実証に挑む北海道大学大学院 情報科学研究院 准教授の坂地 泰紀 氏が「Fintech Business Informatics 2026」(主催:本プログラム委員会、共催:インプレス、2026年1月20日)に登壇し、新聞記事などから因果関係を自動抽出し連鎖させる技術による一連の研究成果を紹介した。
「『因果チェーン』は、いろいろな記事などから『風が吹けば桶屋がもうかる』ではないが『円高になったから景気が悪化した』といった因果関係にあるものを集め、それが世界的に、どのような波及効果があるかを知るために作られている」--。北海道大学大学院 情報科学研究院 准教授の坂地 泰紀 氏は、ナラティブ経済学に向けた因果チェーンを、こう説明する(写真1)。
ナラティブ経済学を因果関係を“つなぐ”技術で実証へ
ナラティブ経済学は、ノーベル経済学賞の受賞者であるロバート・J・シラー博士が提唱する経済理論である。人々が思い描く物語や期待が実経済に影響を与えるとする新しい経済予測の考え方である。しかし、シラー博士の著作には具体的な実証方法が示されていない。「経済学の先生のため言語処理という観点が少し乏しい。言語処理技術と経済学の両知識を持つ研究者が取り組むしかない状況だ」と坂地氏は指摘する。
その実証方法として坂地氏が提唱するのが因果チェーンである。「新聞記事や決算短信などから抽出した因果関係を連鎖させたネットワーク」(坂地氏)を指す。例えば、英国(Britain)が欧州連合(EU)から脱退(exit)した「ブレグジット」を起点に検索すれば次のような連鎖が見えてくる。
EU情勢不安 → 国際相場の乱れ → 円高ドル安進行 → 輸入産業の収益改善 → 東南アジアの業績上向き
坂地氏は「因果チェーンにより、一見無関係に思える事象が、実は因果の糸でつながっている様子を可視化できる」と説明する(図1)。
坂地氏は2018年、因果チェーンから次のような連鎖を発見したという。
オリンピック需要 → 資材高騰 → 建築コスト上昇 → 分譲マンション価格上昇
いずれも異なる企業の決算短信に別々に書かれていた因果を結びつけた結果だ。そして2020年3月、住友不動産の決算短信には「不動産販売事業部門において6期連続で過去最高更新」という記述が現れた。「この時に因果チェーンを信じて株を買っていればもうかっていたのに」と坂地氏は苦笑いする。
因果チェーンで坂地氏が着目するのは「テキスト上に現れる因果関係は“書き手が認識した因果関係”であり統計的因果推論とは異なる」という点だ。つまり「書き手の思考の連鎖には、人間が無意識に知覚する情報が含まれていると考えられる。過去に書かれた因果の断片をつなぎ合わせれば、将来起こり得るシナリオを探索できる可能性がある」(同)。この発想がナラティブ経済学の実証へとつながっている。
因果関係抽出精度がGoogleの「BERT」の登場で飛躍的に向上
因果チェーンの構築では、まず膨大なテキストから因果関係を正確に抽出する技術が必要になる(図2)。坂地氏が因果チェーンの研究を始めたのは2009年ごろ。東京大学の喜連川 優 教授(当時)が「情報爆発」を提唱し、ネット上のブログや新聞記事のCD-ROMが普及し始めた時代だった。「大量のテキストデータから評判情報や因果関係を自動抽出する研究が活発化していた」(同)という。
しかし、因果関係の抽出には大きな壁があった。「ため」という手がかり表現の多義性である。広辞苑を引くと「ため」には(1)利益、(2)目的、(3)身の上、(4)因果関係という4つの意味がある。例えば「景気悪化のため販売数が激減」の「ため」は因果関係を示すが、「あなたのため花を買ってきた」の「ため」は目的を表す。「同じ『ため』という言葉でも、因果関係である場合とない場合があり、これだけでは一概にうまくいかない」と坂地氏は説明する。


