- Column
- 匠の技とAI技術が融合する“人間中心”の製造DX
現場の知や技を融合させた日本型DXで、人間主役の変革へと舵を切れ
「Industrial Transformation Day 2026」より、荏原製作所 DCXグループ DXアーキテクトの助松 裕一 氏
現場の暗黙知の翻訳には人間が泥臭く向き合う
もう1つの柱であるDOJOは、デジタル時代の“弟子入り”というアナログな手法を採り入れた教育・実践基盤だ。熟練者の作業に実際に立ち会い「本人の身体感覚に根ざした暗黙知を1つひとつ言語化・構造化して、次世代に継承可能な形式知へと変換していく」(助松氏)役割を持っている。
だが、日本の製造業が培ってきた暗黙知は奥深い。熟練者がわずか1秒で完了させる組み付け作業では「『トヨタ生産方式』を熟知した十数年の現場経験を持つ技術者が弟子入りしても、同じようには再現できなかった」(助松氏)という
調べてみると「熟練者は叩いた時の音の違いや、手に伝わる感触という五感を頼りに、無意識で良否を判断していた」(助松氏)という。助松氏は「無意識の領域の翻訳=言語化をAI(人工知能)技術に任せれば良いという話もあるが、現状は困難だ。だからこそ人間が向き合って抽出している」と強調する。
抽出された暗黙知は、動画マニュアルや要素作業データベースなどに落とし込まれ「視聴型」「体験型」「体得型」の3段階の教育コンテンツとして活用している。さらに、習熟度管理システム「DOJO Works」によって各作業者の成長過程がデータとして可視化され確実な技能継承を可能にしている(図3)。
実直なフィジカルAIは日本人の強みを代替してしまう
さらに助松氏は、日本の製造業DX全体が抱える構造的課題へと話題を広げる。その中で提唱するのが、一般的なデジタルツインを一歩進めた「デジタルトリプレット」という概念だ。
一般的にデジタルツインとは、工場や設備などの物理空間をデジタル空間上に再現し、リアルタイムで同期させることで、シミュレーションや最適化に活用する手法を指す。しかし、助松氏は「単に設備やラインを再現するだけの“双子(ツイン)”ではDXは機能しない」と強調する。
そこでデジタルトリプレットでは、再現されたデジタル空間上に「現場の暗黙知やナレッジまでを重ね合わせる。「“三つ子(トリプレット)”にして初めて、日本の製造現場のDXは機能する」(助松氏)という考えだ。
しかし現実を見渡すと、多くの製造現場ではデジタルツインすら定着していないのが実情だ。山積する課題の例を、助松氏は「どこから手を付けていいか分からない」「目的が可視化の段階で止まってしまう」「システム導入後の運用文化の整備が何倍も難しい」「結局、デジタルツインを作ること自体が目的化してしまう」などと挙げる。
こうした根本原因を助松氏は「技術の問題ではなく、文化と構造の問題だ」と指摘する。日本のキャッシュレス決済比率の低さを例に挙げ「現金、ハンコ、紙の書類といった、目に見えて触れられる『現物』に信頼を置く日本特有の文化があるのではないか」(同)との見立てだ。
この文化特性ゆえに「かたちのないデジタルは本能的に信用されにくく、これがデジタルツインの定着、ひいてはDX推進の大きな心理的障壁となっている」というのが助松氏の仮説だ。
